culture & history

倭国から日本へ

2016年2月16日 火曜日 晴れ

森公章編 倭国から日本へ 日本の時代史3 吉川弘文館 2002年

六〇〇年の遣隋使・・・四七四年に倭王武(わおうぶ)が宋に通交して以来、約百二十年ぶりの中国への使者である。
アメタリシヒコ・・・華言(かげん)は天児(てんじ)なり、と注釈がある。「あまくだられたおかた」を意味する。隋側では姓名を示すと理解していたものが、実は名前ではなく、倭王の称号に過ぎなかったことになる。当初から両国間の意思疎通が十全でなかった様子を示す事例といえるだろう。(森、同書、p8) 隋書によると、倭王は大王(オホキミ)を称しており、中国の皇帝に匹敵する天皇(和訓はスメラミコト)という号がまだ成立していなかったことを示している。(森、同書、p10)

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