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春日遅遅にして雲雀正に啼く・・家持春愁三首

2016年4月13日 水曜日 曇り

白川静 後期万葉論 中央公論社 1995年

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春日遅遅にして雲雀正に啼く・・家持春愁三首

春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鶯鳴くも(巻十九、四二九〇)

我がやどのいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕べかも(四二九一)

うらうらに照れる春日にひばりあがり情(こころ)悲しも獨りし思へば(四二九二)

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合わせて五年に近い作歌停止の状態の中で、赤人の作に触発されたらしい叙情性の強い花鳥歌が、異彩を放っている。このような家持の花鳥抒情の背景に、赤人の自然詠、その寂寥相ともいうべきものが、流れているように思われる。家持の歌の本質からいえば、その歌には、人麻呂の格調よりも、むしろ赤人的抒情が、親縁の関係が深い。憶良との間には、作歌の基礎体験において、通じるところが乏しいように思われる。(白川、同書、p273)

この雑多ともみえる編集に、一体家持は何を考えていたのかと思う。何れは表面にあらわれることのない鬱屈の致すところであろうが、その原因は政治的なものであったのか、それとも文学的なものであったのか。(白川、同書、p303)

・・と用意しているが、まことに気の早いことである。すべて家持の、異常な焦燥ぶりを示す事実であるように思う。(白川、同書、p304)

・・と全く同巧の歌である。家持の詩想の尽きたことを思わせる歌であるが、その数日後、
(天平勝宝5年(753))正月)二十三日、興に依りて作る歌、二首

春の野に霞たなびきうら悲し この夕影に鶯鳴くも(巻十九、四二九〇)

我がやどのいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕べかも(四二九一)

二十五日に作る歌、一首

うらうらに照れる春日にひばりあがり情(こころ)悲しも獨りし思へば(四二九二)

の歌がある。「春愁三首」として喧伝されるもので、家持が歌人として評価を受けたのは、主としてこの三首によるといってよい。(白川、同書、p304-305)

・・・しかしここにあるものは、単なる抒情ではない。絶望に近い、虚脱の心境であろうと私は思う。頼むものがすべて失われたときの、あの無力感である。(白川、同書、p307)

「うらうらに」について、「(茂吉の)秀歌」下に、「独居沈思の態度はすでに支那の詩のおもかげでもあり、仏教的静観の趣きでもある」とあるが、雲の中に姿を没して、身をふるわせて啼くものは、彼自身の姿ではないか。それは狂おしいほどの、自己投棄の歌ではないか。これほど没入的に、自己表象をなしとげた歌は、中国にも容易に見当たらないように思う。 家持はこれより以後、また長い沈黙に入る。(白川、同書、p307-8)

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