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モーム アシェンデン(3) 

2017年3月28日 火曜日 (朝は晴れ、のち午後は)曇り

モーム アシェンデン 英国情報部員のファイル 中島賢二・岡田久雄訳 岩波文庫 赤254-13 2008年

オーディオブック Ashenden, Written by: W. Somerset Maugham, Narrated by: Christopher Oxford, Length: 9 hrs and 17 mins, Unabridged Audiobook, Release Date:12-06-12, Publisher: Audible Studios

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モーム アシェンデン(3):アナスタシーア・アレクサーンドロヴナ

 その後、彼は毎朝スクランブルエッグを食べた。ウェイターには、「ずいぶん炒り卵がお好きなんですね」と言われた。一週間が終わって、彼らはロンドンへ戻った。・・彼はニューヨークからサンフランシスコまでの旅が五日かかることを思い出した。二人がヴィクトリア駅に着き、プラットフォームでタクシーを待っているとき、彼女は、丸いきらきらした、ちょっと出っ張った眼でアシェンデンをじっと見つめた。「素敵だったでしょ、ね?」と、彼女は言った。
 「素敵でした。」
 「決心がついたわ。実験が正しかったことがわかったもの。さあ、あなたのいいと思うときに、いつでもあなたと結婚します。」
 しかしアシェンデンは、これから一生、毎朝スクランブルエッグを食べる自分の姿を思い浮かべた。彼はタクシーに彼女を乗せると、自分用にもう一台呼んでキュナード汽船会社へ行き、一番先に出るアメリカ行きの船の船室を予約した。自由と新生活を求めてアメリカに渡った数多(あまた)の移民の中にも、あの明るい晴れた朝に、船がニューヨーク港に入っていったときのアシェンデンほど、満腔(まんこう)の感謝の念を抱きながら自由の女神を仰ぎ見たものはいなかったろう。(モーム、同書、p426)

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アシェンデンは不安な気持ちで彼女の来るのを待った。もちろん、今となればよくわかっているが、あのころ愛していたのは彼女その人ではなく、トルストイやドストエフスキー、リムスキー・コルサコフやストラヴィンスキー、それにバクスト(バレエ・リュスで舞台美術を担当。1866-1924)だったのだ。だが、彼女がそう思ってくれたかどうか、彼にはちょっと確信がもてなかった。・・しかし、そんな心配は無用だった。彼らがスープ皿の前に座った五分後に、アナスタシーア・アレクサーンドロヴナの彼に対する気持ちは、自分の彼女に対する気持ち同様、まったく冷静そのものであることを思い知らされた。それは、一瞬、アシェンデンにとってショックだった。どんなに謙虚な男でも、一度は自分を愛してくれた女が、もはやかつての恋人を何とも思っていないなどとは、なかなか理解しがたいのである。(モーム、同書、p429-430)

補註
小説家アシェンデンと、実在のモームとの関係に関しては、伝記その他で少し突っ込んで調べてみるつもり。

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