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心理学は両刃の剣: 心理学からは、なんでも都合のいい結論が引き出せる。問題は、心理学をだれがどう用いるかにある。

2023年2月9日 木曜日 晴れ


ドストエフスキー 亀山郁夫訳 カラマーゾフの兄弟4 光文社古典新訳文庫 2006年(原作は1879-1880年)

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補註: 以下の引用はすべてペテルブルグから招かれた弁護人・フェチュコーヴィチの弁論から引用です。

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・・いいですか、陪審員のみなさん、心理学は両刃の剣なんですよ、ですから、ここはもう一方の刃で切らせていただきます。はたして同じ結論が出るのかどうか、試してみようじゃありませんか。(ドストエフスキー、同訳書、、p613)

・・こんなふうにして、わたしたちは、いつのまにか小説の領域に足を踏み入れているのです。何がしかの品物が盗まれたと主張するなら、その品物を示すか、少なくとも、その品物が存在したことを確実に証明する必要があります。ところが、それをだれひとり見ていない。(ドストエフスキー、同訳書、p609)

・・こういうわけで、わたしが今お聞かせしたのは、すでにまったく別の心理学なのです。陪審員のみなさん、いまわたしは、わざと心理学の手段にうったえました。心理学からは、なんでも都合のいい結論が引き出せることを、わかりやすく示して見せたかったからです。問題は、心理学をだれがどう用いるかにあるのです。心理学は、もっともまじめな人たちにさえ、壮大な小説でも書いてみたいと思わせてしまうところがあります。しかも、それがまったく無意識のうちになのです。陪審員のみなさん、わたしが申し上げているのは、心理分析に頼りすぎることと、その種の乱用のことなのです」(ドストエフスキー、同訳書、p603-604)

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 ・・二回目の証言ではじめて、わたしたちは、彼女(=カテリーナ)のうらみつらみや、積年の憎しみのこもった叫び声を耳にしたのです。とすると、証人が最初の証言で不確かな発言を行ったという事実ひとつをとっても、二度目の供述も不確かかもしれない、と、こういう結論が出せることになるわけです。(同、p613-614)

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 ・・いったいなぜ、ものごとを想像しているとおりに、想像したいと考えたとおりに、仮定しなければいけないのです? 現実には、きわめて緻密な小説家の観察眼からさえこぼれおちてしまう、おびただしい事実が、一瞬にして起こるかもしれないのですよ。(同、p624)

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 ・・陪審員のみなさん、わたしはさっきその(=検事の論告)話を聞きながら、何かひどくなつかしい話をふたたび聞いているような気がしたのです。いいですか、わたしはちょうど二日前に、まさにこれとおなじ意見を耳にしたのです。つまり、カラマーゾフなら封筒をそんなふうに捨てて行ってしまうにちがいない、と、当のスメルジャコフがそう話すのを聞いていたのです。(同、p635)

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 ・・つまり、この恐ろしい被告が、まる二十三年間、ただひとり自分をかわいがってくれた人がくれたわずかひと袋のくるみに対して、ずっと感謝の念をいだきつづけてきたという事実です。・・・(中略)・・・そしてそんな男であればこそ、逆に彼はこの二十三年間、・・はだしのまま父の家の裏庭を『ボタンがひとつしかないズボンをはいて』走り回っていたときのことも、つい思い出さずにはいられないという事情があったのです。(同、p642-643)

 ・・子どものころ、彼を少しでも愛してやった人がいるのでしょうか?  (同、p643)

 ・・表向きは情熱的であり残酷であっても、たとえば女性に対して、苦しみにひとしい愛をそそぐことができるのです、そしてそれは、かならずや精神的な気高い愛なのです。・・しかし、彼らのそばに、高潔ですばらしい女性がいてくれるとするなら、この、いかにも粗暴で残酷な人間が、新しく生まれ変わろうと願うのです。心を改め、よりよい、気高く、誠実な人間になる可能性を求めるのです。『高潔ですばらしい』ーーこれが、どんなに笑いをさそう言葉であってもかまいません!(同、p645-646)

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 ・・みなさん、聞こえますか、偉大な声が、わたしたちの国の栄えある数百年の歴史から響いてくるのが? ・・ロシアの裁判とは、たんに罰するためだけのものでなく、破滅した者を救いあげるためのものでもあるということを! ほかの国の人々に律法と刑罰があるのなら、わたしたちのロシアには魂と知恵をそなえましょう。破滅した者たちは救われ、ふたたび生まれ変わるのです。そして、もしもそれができるなら、ロシアとロ シアの裁きがほんとうにそんなふうであるなら、ロシアは前進していくでしょう。(同、p658-659)

 ・・真実にはそれを守る人がいることを、そして真実をにぎるのは、すばらしい人々の手だということを! (ドストエフスキー、同訳書、p659)

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