カテゴリー別アーカイブ: 読書ノート

「シカ寄せ農業」から「シカ除け農業」へ

2017年8月17日 木曜日 曇り時に小雨

井上雅央・金森弘樹 山と田畑をシカから守る おもしろ生態とかしこい防ぎ方 農文協 2006年

 私自身がやっと「シカ寄せ農業」の実態を知り、増殖の原因が理解できたところだ。わかってみれば、真っ先にやるべきこと、すぐにやれること、ただでできることを、農家も行政も何ひとつやらないまま、オオカミを放つわけにはいかないのだ。今の状況でオオカミなどを放せば、シカとオオカミのバトルは間違いなく集落とその周辺で展開する。ほんの些細な理由で、オオカミはオオカミとして当たり前のことをしただけで、たちまち、凶暴な肉食獣として悪者にされてしまうに違いない。
 オオカミはカードの一枚かもしれないが、金森さんと私(=井上雅央氏)では、何枚先のカードか、という点が異なっているに過ぎない。
 さっそく、あなたや私たちが真っ先にやるべきことを整理しよう。(同書、p86)

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「シカ寄せ農業」が生まれたわけ

日常農作業に欠落しているシカ対策
・・だが、こうした生産システムを稼働させるための日常の農作業のすべてでシカへの配慮はまったく欠落しているのだ。
 こうした欠陥システムを稼働させ続ける限り、被害多発環境は出現し続け、シカは増え続けるしかない。(井上、同書、p87)

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 柵の外側に維持管理用通路を確保できるよう、圃場外周路の幅を拡張する。自家用菜園では、被害を受けにくい側に被害を受けやすい品目を集中配置する。シカが身を隠しやすい庭先果樹も思い切った伐採や移植が必要だ。(井上、同書、p88)

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「集落ぐるみ」以外に道はない

集落の全員が餌づけ犯ーーシカの最初の餌は雑草(同書、p129)
・・シカのお目当ては集落の雑草だ。林地で餌が激減する冬期であろうと、林地で草が硬化する盛夏であろうと、集落では豊富な若い緑草でつねに満腹できる。その餌となる緑草を繁茂させているのが、シカへの配慮を欠いた刈り払い、耕耘、稲刈りなどの農作業であることは繰り返し述べてきた。つまり、集落の全員が餌づけ犯であり続けたのだ。
 だから、集落の全員が目覚め、今、まさに自分たちでシカを増やしているのだという共通認識をもたない限り、状況は悪化し続ける。シカが、ここは餌場だと十分認識し、ここが餌場だと教えられて育った子ジカが、たった一年半で母になり、次の子を産み・・という過程を経てようやく、被害がでる。そこが餌づけ途中で被害が出始めるサルやイノシシとは決定的にちがう点なのだ。・・・(中略)・・・
 みんなが勉強しないと、餌づけや人慣れ、個体数の増加は進む一方なのだ。(同書、p129-130)

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原感覚としての儒教を大切にすること

2017年8月15日 火曜日 曇り

加地伸行 儒教とは何か 中公新書989 1990年

私は真言宗信者として仏教を、原感覚として儒教を、論理矛盾を知った上で、ともに大切にしている。(加地、同書、p224)

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土壌は植物をかもしながら育む大地

2017年8月14日 月曜日 曇り(時々小雨)

後藤逸男・村上圭一 根こぶ病・おもしろ生態とかしこい防ぎ方:土壌病害から見直す土づくり 農文協 2006年

土壌学のさわりを少し 土と土壌は違う
「土」と「土壌」には微妙な違いがある。「土」とは植物を育む大地、「土壌」とは、植物をかもしながら育む大地で、「壌」には醸す(かもす):ゆっくり育てる」の意味がある。
 有機農産物はおいしいと、よくいわれる。その一因は、有機質肥料が土壌中で微生物によりゆっくり分解され、ゆっくりと作物を育てるからだ。その分、作物の収量は減少する。有機農産物をたくさん穫ろうと、多量の堆肥や有機質肥料を施せば、収量は上がるが、品質は確実に下がってしまう。逆に、化学肥料一〇〇%でも少しずつ施せば、有機農産物に引けを取らないおいしい作物ができる。
 本当にかしこい作物のつくり方は、「有機だけ」にこだわらず、化学肥料とも上手につきあい、焦らずゆっくりとつくること、それが環境にやさしい農業に直結し、土壌病害を抑える切り札にもなる。
 「土壌」にはそのような深い意味があるが、ふだんは簡単に「土」といってしまう。(同書、p44)

代表的な四つの土壌
 日本の土壌は、大まかに「褐色森林土」「黒ボク土」「赤黄色土」「低地土」に分類される。

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 酸性土壌に石灰資材を施用してpHを6.5程度以上に高めると、作物に(おもにホウ素とマンガンを中心とする)微量要素欠乏が発生しやすい。これが日本の土壌学で土壌酸性改良の上限をpH6.5と定めた根拠である。
 このように高pH土壌で微量要素欠乏が発生しやすいのは、微量要素各成分が土壌中で不溶化するためである。(同書、p77)

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転炉スラグはケイカルの兄弟(同書、p81)

スラグとは鉱滓という意味で、転炉スラグは製鉄所の製鋼工程で生産される鉄の副産物である。・・主成分はケイ酸カルシウムで、副成分としてマンガンやホウ素などの微量要素を含んでいる。(後藤ら、同書、p80)

転炉スラグは肥料取締法で定められた農業資材:
・・そのケイ酸や微量要素は鉄鉱石、アルカリ分は高炉の中に入れる石灰石に由来し、原料はすべて天然物だ。・・転炉内の温度は約1700度。仮に原料の中に不純物として有害成分が含まれていたとしても、蒸発か分解されてしまう。したがって重金属などの有害成分はいっさい含まれていない。(後藤ら、同書、p83)

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補註 転炉スラグ 転炉さい: クミアイ転炉石灰(転炉スラグ)http://minex.co.jp/items_ts.html; ミネカル http://tetsugen.co.jp/products/slag.htmlなどとしてJAホクレンなどのブランドで市販されている。
ミネカルなど・・
石灰等のアルカリ分を含むため、酸性土壌の改良効果があります。 同時に、苦土(マグネシウム)、マンガン、酸化鉄、ホウ素、その他の有効な微量要素が補給されます。 土壌のpHを急激に上げることなく、肥料効果が長期間持続することが期待できます。http://tetsugen.co.jp/products/slag.html

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根こぶ病以外の土壌病害にも効く
また、転炉スラグを施用して土壌pHを十分に高めると、フザリウム属菌など根こぶ病以外のかびを病原菌とする土壌病害にも有効である。やはりアルカリ性がいいのだろう。(後藤ら、同書、p88)

補註 私の畑のカボチャの立枯病に対しても有効かもしれない・・試してみる価値がある。ただし、高pH化によるリスクとして、「高pH土壌にすると、細菌や放線菌を病原菌とする土壌病害が出やすくなる(本書、p95)」ので、ジャガイモそうか病などが出現することになる。(ちなみに、今の私の畑では、膚の綺麗な美ジャガが育つ)。

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民衆の壮大な仏教誤解

2017年8月13日 日曜日 小雨

朝は雨。

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加地伸行 儒教とは何か 中公新書989 1990年

 それでは、再生や長生という現世への執着に満ちていた中国人が、なぜ輪廻転生という異質の仏教を信じたのかという問題がある。結論を先に言えば、仏教をよく知っていた知識人は別として、民衆の壮大な仏教誤解があったからである。すなわち、輪が回り続けるように苦しみが<転生>して長く長く続くという点がすっぽりと抜け落ち、死んでも来生に再び<肉体を持って>生まれることができるなら良いではないかと考えたのである。・・楽しいこの世に肉体を持ってもう一度生まれることができる転生を良いものと誤解したのである。・・・(中略)・・・ その上、儒教の<再生>は、神主・木主<魂の憑りつくところ>におけるものであるから、結局は観念的とならざるをえない。生きた肉体を伴わない<再生>であるからである。しかし、仏教の<輪廻転生>を「輪廻」抜きで、・・・(中略)・・・ただ過去から現在へ、現在から未来へというレベルで<転生>を言うとき、それは<楽しい>この世に、儒教のように神主に憑りつくだけではなくて、快楽をつくせる生きた肉体を持って再生することができるというふうに誤解することとなる。しかし、この誤解は、同じく再生を説く儒教に比べてかえって魅力的であり、こういう壮大な誤解によって、民衆において仏教が大流行したのである。それが、魏晋六朝時代から隋唐時代に至る状況であった。(加地、同書、p174-175)

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・・一般民衆にとっての仏教とは<死後も楽しいこの世に再び生まれ変わることができる>ものであり、それならいいではないかと誤解された仏教であった。・・死後、<苦の世界>でなくて<楽の世界>へというこの発想が中国人民衆に広がった結果、そのつきつめた形として浄土思想が大流行となる。すなわち、死後、浄土に<往>ってそこで<生>きる、すなわち<往生>である。
 これは日本においても大流行する。こうした浄土思想、すなわち、死後に長い長い輪廻の苦しみが待っているとはしないで、阿弥陀如来の本願にすがって浄土へ行けるとするのは、中国人や日本人、楽天的な東北アジア人にぴったりであった。(同書、p176)

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補註: お盆の時期を迎えて、今から50年以上も前、田舎の祖母や叔母と過ごしたお盆の日々を思い返したりしている。お盆の3日間だけは、私たち子供が魚や虫を捕ってはいけないと固く禁じられていた。これは、一年中を通してベースにあった仏教の生類憐れみの仏教思想だけではなくて、この特別なお盆の日に、ご先祖の霊がフナやカブトムシに宿ってこの家に帰ってきているかもしれないという祖霊の<招魂再生>の思想が変形されて一般民衆の心の中にあったことの現れであったのかもしれない。子供の私は、深く疑うでもなく、また深く信じるでもなく、素直に聞き従っていたように思う。北東アジアの民衆の「壮大な仏教誤解」から生まれた俗信であったかもしれないが、私たち子供には通奏低音として心の底を流れ奏でられる日常だっただろう。
 今では私も還暦を過ぎ、父母の位牌だけでなく、祖母やその家を守ってくれた叔母の位牌をも祀る身となってしまった。今日、このお盆の日には、天候が許せば、春から育ててきてやっと咲きはじめたムギワラギクの花を摘んで、若くして異国で死んだ伯父の位牌を代表として、祖母や叔母や父母、私が祀るべき祖霊を想い、家族で語りながら、その依りつくべき位牌に花を飾ることとしたい。

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家族主義的家族 vs 利己主義者集団の家族

2017年8月8日 火曜日 晴れ

加地伸行 沈黙の宗教ーー儒教 ちくまライブラリー99 1994年

 利己主義には大いなる道理に基づいての自律もなければ、自立もない。在るものは自己の利益の追求だけであり、利益に依存する受身的なものである。真の自立した個人主義者であるならば、己れの論理に忠実に従い、時には尊い生命を捧げることもあり得る。そういうりっぱな方が確かにいる。しかし利己主義は、どんなことがあっても絶対に自己の生命は差し出さない。
 日本の教育は、権利とともに義務をも重視する個人主義者を養成していない。小学校以来、義務はいやで権利ばかりを利益的に求める利己主義者を養成しているだけである。その結果、家族主義的家族を否定して個人主義的家族を作ろうなどという目論見はみごとに外れて、利己主義者の集団のような家族が急速に増えつつある。それは戦後日本の教育の無惨な失敗を示している。
・・・(中略)・・・
 ところが家族主義を否定し、しかし個人主義は身につけず、利己主義者として育ち生きる人々の大群を前にするとき、現在のみならず今後も含めて、老人は悲惨である。それが、個人主義的現憲法がもたらす<国民の幸福>なるものの実態である。(加地、同書、p261-262)

 その個人主義もキリスト教と結びついている間は、すなわち唯一絶対神と個人との関係が確かな間はそれなりに機能する。しかし、欧米では、キリスト教信仰を失った人々が増加しているというではないか。そういう人々は、個人主義と言っても、キリスト教徒という帰属感を持っていないのであるから、その個人主義はいずれ遠からず利己主義に転じてゆくことであろう。その極致は、自分を支えてくれるものとして金銭・財産に最高の価値を置く拝金主義である。(加地、同書、p263)

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