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これだけ立派な腕をもちながらその力で出世することができない、なんという妙なまわりあわせでしょう、なんというおかしな世間なのでしょう。

2021年3月11日 木曜日 晴れ

山本周五郎 おごそかな渇き 新潮文庫 昭和46年

---これだけ立派な腕をもちながらその力で出世することができない、なんという妙なまわりあわせでしょう、なんというおかしな世間なのでしょう。

彼女(=おたよ)はそう思う一方、ふと微笑をさそわれるのであった。

---でもわたくし、このままでもようございますわ、他人を押除(おしの)けず他人の席を奪わず、貧しいけれど真実な方たちに混じって、機会さえあればみんなに喜びや望みをお与えなさる、このままの貴方も御立派ですわ。

こう云いたい気持で、しかし口には出さず、ときどきそっと良人の顔をぬすみ見ながら、おたよは軽い足取りで歩いていった。

伊兵衛もしだいに気をとり直してゆくようだった、失望することには馴れているし、感情の向きを変えることも(習慣で)うまくなっている。・・峠の上へ出て、幕でも切って落としたように、眼の下にとつぜん隣国の山野がうちひらけ、爽やかな風が吹きあげて来ると、かれはぱっと顔を輝かして、「やあやあ」と叫びだした。

「やあこれは、これはすばらしい、ごらんよあれを、なんて美しい眺めだろう」(山本、雨あがる、同書、p150)

「・・ひとつこんどこそ、と云ってもいいと思うんだが、元気をだしてゆきましょう」

「わたくしげんきですわ」

おたよは明るく笑って、いたわるように良人を見上げながら、巧みに彼の口まねをした。

「と云ってもいいと思いますわ」(山本、雨あがる、同書、p152)

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補註: 私の曾祖父が玉蔵、高祖父が伊平=伊兵衛(いへい)。伊平は明治9年4月26日没。よって、伊平は江戸時代の人と云っていいと思う。

ところで、この私が出世と縁がないのは、ひょっとするとこの高祖父伊平=伊兵衛からの遺伝によるものかもしれない。そしてそうなら(そうでなくとも)、高祖母(=おたよ)から、よいものをいっぱい受け継いで私の今がある、と云ってもいいと思う。

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