culture & history

ヴェルサイユのくびき

2022年8月31日 水曜日 雨(朝から降り続く雨。農作業はお休み)

芝健介 ヒトラー 虚像の独裁者 岩波新書1895 2021年

・・われわれてがかくも心に憂えていた七〇〇万人の失業者を残らず再び有用な生産に組み入れることに、私は成功した。・・私はドイツ国民を政治的に統一しただけでなく、再軍備も成し遂げた。民族と人間に要求された史上最も賤しい暴力的強制を全448条に含んだ、かの(ヴェルサイユ)条約を、一つひとつ取り除こうとその後も努めた。1919年に我が国から奪われた地域を取戻し、われわれから引き離されて甚だみじめだった数百万人のドイツ人を故郷に帰還させた。私はドイツの生活空間の1000年にわたる歴史的統一を再建した。私はこれらすべてを、血を流すことなく、したがって戦争の苦痛をわが国民にも他国民にも味わわせることなく成し遂げようと努力した。・・1939年4月28日国会での総統演説抜粋・・(同書、p311-312)

・・ドイツの運命をひとりで、自らの手で変え得たという自意識に溢れた主張はまた、同時代のドイツ民衆のだれもが驚愕し、魅惑されるようなひとりの人間の成功物語でもあり、しかも戦後にマイナス・イメージとなるユダヤ人の排除やドイツの生存権膨張闘争といったヒトラーの世界観にかかわる中心原理がここでは言及されていなかったのも特徴的である。秩序の回復、経済再建・失業の撲滅・憎悪対象たるヴェルサイユのくびきからの最終的解放、国民一体性の確立など、この演説に対しては、根っからのナチのみならず、ドイツ国内のあらゆる社会領域の人びとの間から大なり小なりポジティヴな反響があった点も、要注意であろう。六年前ヒトラーが権力に到達したときドイツがどんな状況におかれていたかに照らせば、1939年にこの演説を聴いた人びとは、かつての反ナチの者さえも、ヒトラーが尋常でない業績を達成したと認めざるを得なかった。ナチ体制がまさに戦争に向かおうとする中で、どれほど大きな危険と結びついた方策を選択しつつあるかを理解できた人間も、ヒトラーがこの間ずっと国民のために戦争・流血事態を回避するよう努力してきたという主張が嘘だと暴露しうるだけの情報・証拠をもっている人間も、当時はほとんどいなかった。(芝、同書、p312)

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