literature & arts

Christie, Absent in the Spring: A Mary Westmacott Novel

2017年1月30日 月曜日 雪かな?

Absent in the Spring: A Mary Westmacott Novel
Written by: Agatha Christie; Narrated by: Jacqui Crago
Length: 6 hrs and 25 mins; Unabridged Audiobook; Release Date:01-23-12
Publisher: HarperCollins Publishers Limited

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補註  さて、クリスティーはエルキュール・ポアロやミス・マープルなどの探偵小説シリーズ以外にも、ファミリー・ロマンというべき Mary Westmacott というペンネームのシリーズを6作も書いていて、そのなかでもこの Absent in the Spring は名作と言われているそうだ。

補註 メアリ・ウェストマコット名義の小説6篇 ウィキペディアによると・・・https://ja.wikipedia.org/wiki/アガサ・クリスティの著作一覧:
ロマンス小説 愛の小説シリーズ。英米とも当初はメアリ・ウェストマコット名義だったが日本では最初からアガサ・クリスティー名義。
1930年 愛の旋律 – Tree Giant’s Bread
1934年 未完の肖像 – Unfinished Portrait
1944年 春にして君を離れ – Absent in the Spring
1947年 暗い抱擁 – The Rose and the Yew
1952年 娘は娘 – A Daughter’s a Daughter
1956年 愛の重さ – The Burden

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補註 Absent in the Spring これはシェイクスピアのソネットからの引用。原文は以下の通り。
https://www.poetryfoundation.org/poems-and-poets/poems/detail/50503

Sonnet 98: From you have I been absent in the spring
BY WILLIAM SHAKESPEARE
From you have I been absent in the spring,
When proud-pied April, dressed in all his trim,
Hath put a spirit of youth in everything,
That heavy Saturn laughed and leaped with him.
Yet nor the lays of birds, nor the sweet smell
Of different flowers in odour and in hue,
Could make me any summer’s story tell,
Or from their proud lap pluck them where they grew:
Nor did I wonder at the lily’s white,
Nor praise the deep vermilion in the rose;
They were but sweet, but figures of delight
Drawn after you, – you pattern of all those.
Yet seem’d it winter still, and, you away,
As with your shadow I with these did play.

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補註 オーディオブックで6時間半。このぐらいなら一日で聴き通せてしまった。
 ナレーターのジャッキー・クレイゴウ Jacqui Crago 女史さんの朗読は大変達意で聴き取りやすい。登場人物で声音を変えてあり、それぞれ雰囲気もよく合っている。先日のアン・シリーズで時に感じられたような「おばさん声の」けたたましさはなくて、聴くのが楽であった。

 クリスティーの場合は、ポアロでもミス・マープルでも往々にして出出しの叙述が凝っていて、察しの悪い私などは、しばしば状況判断を誤ってしまうのである。この Absent in the Spring でも、設定状況が最初はよくわからず、苦労した。2時間ぐらい経ったところで、すなわち全体の3分の1ぐらいが過ぎたところで、急に状況が飲み込めてきた、つまり英語が聴き取れるようになった。・・まあそんな具合だから、これからもう一度最初に戻って聴き直してみることにする。

補註 2017年1月31日追記
 オーディオブック、2回目を聴了。大概は聴き取れた。ただ、納得しきれないところも幾つかある。たとえば、コペルニクスの絵・・・これは肖像画であろうか。どういう意図で大切なモチーフに用いられているのか。いま一つ判然としない。
 クリスティーの世界は、映画にするとぴったりのものが作れそうである。
 
 ところで、クリスティーの家庭ものは面白い。この Absent in the Spring でも、母と(二人の)娘とがしっくりといってなくて、しかもそこが簡潔にうまく描けている。
 が、不運な生い立ちの娘さんたちは当然すぐにお気づきのことと思うが、この主人公ジョーンよりも悪い母親は世にいくらでもいるのである。厳然たる事実である。卑近な例では、道を歩いていても、泣きじゃくる児をだみ声で怒鳴りつける母親に出会うことは稀ではないし、地下鉄に乗れば、スマホ携帯に夢中になって子供をネグレクトしている母親を当たり前に目にする。
 では、どんな物語にそれが上手に描かれているか? 今の私には、白雪姫とかシンデレラとかしか思い浮かばないのは残念である。
 ディケンズの小説群には多く登場していそうだが、ディケンズの手で上手に描けているかというとどうだろうか。たとえば、デイヴィッド・コッパーフィールドのお母さん、いわゆる「トリ頭」のお母さんであるが、「悪女」の代表としてしまうほどの描き込みはなされていない。ダメお母さんの所為でデイヴィッド・コッパーフィールド少年はずいぶん辛い目に遭っていく。だが、幸運にもそれらを乗り越えられた青年デイヴィッド・コッパーフィールドには、お母さんに対する怨みから生じる心の傷やコンプレックスがほとんど見られない。これはディケンズの優しさのせいか、それとも突っ込みの甘さのせいか。ディケンズの有力な読者層にこれらトリ頭女性の大群がひしめいていることを考えると、皮肉で厳しい描写は控えたという事情があるかも知れない。が、そんな回りくどいことを考えるよりも、単に、ディケンズはコンプレックスのないさっぱりした(単純な)人物であったというのが真実に近いようだ。
 ディケンズほどの人の良いおじさんでなくても、一般的にも、母親のことを厳しく追及する文学は書かれにくい。世間的な取り決め事情があると言える。自らの母親と敵対せざるを得ない少年少女の心情は複雑、かつ相当に目覚めて突き抜けていなければなるまい。多くの大人は、そのようなことはあり得ないと切り捨てたがる世界である。50歳・60歳になっても自分の母親の「悪女ぶり」を認めることは心的な壁が大きすぎて、容易なことでは乗り越えられない。
 アガサ・クリスティーは、しっかり目覚めて迫っている。さすがである。しかし、さらに欲を言わせてもらおう。悪父の代表格フョードル・カラマーゾフをドストエフスキーが描ききったようには、クリスティーは「悪母」ジョーンとして描き切らない。ミーチャがフョードルを本気で殴りつけ気絶させて「父親を殺した」と思い込む設定などは実に圧巻であるが、クリスティーの世界ではイギリスらしく、描写は一線を越えないのである。少なくともこの Absent in the Spring では。
 おそらくスゥイフトはその「イギリスでは越えない方が賢明な一線」をひたすら超えていく求道者だったことと思うが、今の私には具体的な場面を紹介できる蓄積がない。
 「悪い母親」を本当に頑張って追究したのは誰か? これからの読書では、この辺りにも気を配ってみたいと思う。一方、この冬の私の読書では「良い母親」(賢妻良母の理想)を文学の中に追い求めてもいるのである。どちらの方向が、より大きな成果を上げることができるだろうか。意外とどっちも見つけようと思うと見つからない。稀少なのである。
 読書に専心できる農閑期はあと3か月、後半にさしかかっている。

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補註 2017年2月1日追記 クリスティーの描く愚妻悪母
「クリスティーの描く愚妻悪母」という見出しをつけるべきか否か迷っているうちに、蒲松齢の「聊斎志異」には、多くの極・悪妻が描かれていることを思い出した。美女に化けるキツネよりも数の上では優勢な種属である。「聊斎志異」の中でも悪妻ものは読んでいて辛い。人は、社会は、本能的に愚妻悪母を忌避する。それは取りも直さず、取り返しのつかない不幸を意味する。文学の中でも描かれにくく、スウィフトのように一線を越えれば、多くのバッシングを受けることになりそうである。多くの人は正視することができないジャンルである。たとえば、改訂版の白雪姫やシンデレラでは「継母」ということに改竄されているのである。
 また、スタインベックの「エデンの東」では悪母が主役であるが、この悪母は子を産んですぐに見捨てて行ってしまうので、遺伝的には母であっても、育てていないので「本当の母」ともいえない。「継母」パターンと並んで、悪母追究回避のもう一つのパターンと言えるだろう。(2017年2月1日追記)

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