学ぶこと問うこと

抗TROP2抗体:ASCOでの発表

2018年6月13日 水曜日 雨
私の抗TROP2抗体医薬(現在・治験中)に関して、学会発表の情報を入手できた。その小さな進展を祝って、お目出度い桃の実(のお饅頭)の写真を選んでみた。

私たちの抗TROP2抗体医薬に関して、アメリカ癌治療学会ASCOでのポスター発表がありました(今年の6月初め)。発表内容は臨床治験の計画のところまでですが、このポスター発表によると、患者さんのリクルートはすでにこの1月には始まったとあります。結果に期待しています。また、S医大のYさん宛てに、このポスター発表を見ての私の感想や意見を書いてみました。以下に転載します。
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Yさんへ、追伸です。
今朝は早起きして、Yさんからご転送いただいたポスターを読み込んでみました。
内容としては、実施計画までのものでした。私としては、臨床研究のプロトコールを読むことができたので素晴らしくよい勉強になりました。
① 日米で同時にスタートとはいうものの、名前を連ねている施設を見ると、ハーバードのグループ中心で進んでいくことがわかりました。名前を連ねている人たちは各施設ごとの治験専門の担当代表者の方1名ずつでしょう。その下に多くのスタッフの協力があると思います。そして、副作用として起こりうる肺の間質性病変などの評価などは、またそれぞれ専門のグループの協力を仰ぐように書かれています。なるほど、総合力においてなかなか良いシステムが構築されていることが伺えます。AIの技術が急速に発展しつつある現在、施設間の情報交換と連携をどのように組織化して運営していくのか、非常に興味のあるところです。次回、Ojさんにお話を伺える機会に具体的なお話を伺えるとさらに勉強になりそうです。
② 投与量を0.27mg/kgから段階的に5mg/kgまで増やしていくところ、21日目までで副作用がでなかったら次の投与量へと進んでいく・・肺癌の進み方は概ね非常に急速ではありますが、それでも21日ぐらいの期間幅であれば十分に進められそうに思います。副作用なく5mg/kgまで進めればしめたものですね。その結果は早ければ今年の年内にでも判明していることでしょう。
③ 肺癌の患者さんにとっては、従来の治療法が効かなかった苦しい経験を通過した後ですから、私たちの抗体医薬が(たとえ治験段階の薬であっても、可能性あるものとしてひとつ余分に)提示されることは良いこと(ハッピーなことと表現して許されるでしょうか、不幸中の幸いではあるのですが・・)だと思います。副作用の少ないと期待される抗体医薬の静脈注射であってみれば、患者さんにとっては、なおさら敷居の低いものになると思います。にもかかわらず、ヒトでは初めて(First in human と表現されています)ということは、つまり、前人未踏、副作用が予想不能です。(薬を試される患者さんにとって、そして薬の開発に携わった私たちにとって)真剣に、重みをずっしり感じることです。
④ スポンサーに委託されて次々に臨床治験を行っているハーバード・グループの皆さんにとっては、幾つかの治験薬のうちの1つに過ぎないと思いますが、当該抗体の産みの親の私たちとしては、結果が大変心配なことです。私の予想としては、TROP2抗原が十分に発現している癌組織を確認した上で対象患者を選んでいることから、かなり期待できる効果が得られると思っています。そして、抗体医薬の特徴として、副作用もほとんどないだろうと思います。唯一、心配なのは、上記の②にも言及したように、肺癌の臨床症状の進行が速すぎて、十分に効果のある投与量までいかないうちに続けられなくなる事態です。投与量をとても少ない0.27mg/kgから段階的に5mg/kgまで増やしていく計画ですので、楽観的に最短でも21x5=105日はかかります。・・が、恐らく、ハーバードのグループの皆さんとしてはその程度のことは百も承知で、肺癌の進行がある程度マイルドな患者さんでスタートするのでしょうね。繰り返すようですが、原病の急速な進展なしに(そして副作用なしに)5mg/kgまで投与量を上げられればしめたものですね。
④ この抗体医薬の将来:
今回の治験で肺癌やその他の癌に効果が得られれば、TROP2がよい標的となることが証明され、難治癌の治療の選択肢に有力なものが加えられることになります。これは大きいと思います。私たちの育てた抗体医薬が良い薬になってくれることを祈っています。
一方、低分子化合物のコンピューター創薬が飛躍的に進んでいる現在、コンジュゲートする薬に関しては、同じトポイソメラーズ阻害薬にせよ他の作用機序の抗癌剤にせよ、今の私たちのTROP2抗体医薬を潜在的に超える性能のものが次々と生み出されていくことでしょう。その場合であっても、私たちの抗体が(アフィニティとインターナライズ能において)優れていることから、次の世代の抗癌剤コンジュゲートも私たちの抗体をベースに作られる、というシナリオが考えられます。今回の抗体医薬が私たちの子世代の薬だとすると、さらにその子つまり孫の世代の薬も優秀なものになることが期待できます。
さらにその向こうの将来には、抗体という形もどんどん変形されて、より効果が高く使い易い製剤の形になっていくでしょう。曾孫世代はもはや私たちの顔も名前も見たことも聞いたこともなく、私たちの経験した苦労を想像することもできないでしょう。こんな将来のことは、実地の仕事に携わっていた頃に私は考えてみたこともなかったのです。いざそれを想定してみると、少し変な寂しいような気も致します。が、これが科学の歩みというものだったり、人の営為の歴史だったりするのでしょう。
⑤ 今回は貴重な情報をいただき有難うございました。次にお会いできる機会を楽しみにしております。それでは、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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