サイエンティストになろう!
----若い研究者・学生たちへ----
2011年9月13日 改訂e版
総論:
若い研究者・学部学生や大学院生は、自分自身が実際の研究で遭遇する困難に対して、真剣に悩んで考え、実験を通して解決して乗り越える、そしてその繰り返し、というスパイラルの実践を通して、次の世代を担う研究者へと育っていって欲しい。
各論:
1.動機づけ: 動機(モティヴェーション)が刹那的であったり薄く浅はかであったりする場合には、良い科学者(サイエンティスト)は育たない。若い研究者たちが生命医科学を学ぶ現実的な動機はさまざまであろうが、その根底にある「命への畏敬(尊ぶこと)と命への慈しみ(愛すること)の心」の源泉を大切に守っていって欲しい。
書物からの学習(読書)は大切。現代の科学をも包含する広い意味での古典や歴史の本を中心に多くの書物を一生にわたって読んで考えていって欲しい。また、おりにつけ、あるいは困難にぶつかったときには、良書を読み返し考えを深めて欲しい。
その上で、研究室や職場など、現場での体験を通して、また、自分の言葉で考え語り合うことを通して、若い人たちには、各人それぞれの生命医科学を学ぶモティヴェーションを正しい方向を目指す力強いものへと育ててもらいたい。
(私自身の方向性に関しては参考文献1~3などを参照)
2.科学者として成長してゆこう: 実地の実験の計画と考察、あるいは毎週のグループミーティングでの実験データのディスカッションなどを通じて、若い研究者に常に心がけて欲しいのは以下のようなポイントである。
A.前へ!
生命医科学の研究においては、生命科学の基盤研究を臨床応用へとつなげることを目指して、本筋の流れを見渡せる大局観・センスを養おう。
a.当研究室でのプロジェクトは、困難だがやり甲斐のある(チャレンジングな)仕事だけを選び遂行することとする。
B.Problems & SOAP 問題解決型(Problem-oriented system, POS)で進めよう。
すべての問題点を列挙し<Problems>、データを整理し<SO(data)>、すべての可能性をもれなく挙げる<A>。その上ではじめて、重要なもの・可能性の高いものから順に序列をつけて解析を進めてゆく<P>。
a.大切な問題は解決に向けて温め続ける。
b.些細と思われる問題もリストに残す。些細と思われていた問題が、大きな問題の解決へのヒントにつながるかもしれない。
C.論理的に考えよ!
a.仮説を立てて、思考実験を試みる。論理的に考える。「対偶」命題を実験で証明しても良い。逆や裏は、必ずしも真ならず。
b.結果を予想してみる。三手先を読んで実験を計画する・論文を構想する(文献4)。
D.筋を通せ!
a.筋を通す。前に指した手の顔を立てる。
b.しっかりした根拠がない限り、変えない、ぶれない、初志貫徹。
E.格好良く! エレガントに。
a.最短最速の美学(最短の手順で、世界最速、失敗しないのが格好良い)。必要なことはすべて行い、余分なことは一切行わない。失敗しないためにはどうすれば良いか、余分なことをしないで成功するためにはどうしたら良いか、額に汗してグッと考えよう。
b.できないときはそれなりに
b1.粘りのある「負けない」方法を捜す。
b2.ともかく成功させる。急がば回れで、最終的には最も速く成功。
c.失敗で終わって逃げ出すのが最も格好悪い。
F.失敗から学ぶ。
a.生物学は実験科学。実験して、得られたデータをしっかり考察しよう。多くの失敗から学ぼう。ただし、予想される失敗は未然に回避(三手先を読む)。同じ失敗は二度としないように努める(失敗一回)。 トラブルシューティングが研究の一番の醍醐味。しかし、困難な場合も多い。困難なところにこそ、克服に向けて真剣に取り組むことが大切である。うまくいかないときに、一番の飛躍のチャンスがある。
b.研究者には、要領の良さや頭の良さとは異質の体力や勘・思いやり・精神的ねばり強さも必要となる。難しいがやり甲斐のある(チャレンジングな)課題に取り組んで前へ進めてゆこう。
G.サイエンスは確率!
蓋然性を根拠に論理的に行動せよ: その事象が起こる確率をできるだけ具体的に計算・推量してみる。確率が極めて低い現象が観察された場合には、何か(仮説や解釈)が間違っている。
H.数字と図で表せ。
具体的に数字で表現し考察するのがサイエンス(文学的な表現はダメ)。必ずグラフに描く。グラフの形から本質を見きわめよう。グラフの形が違えば、異なった現象を見ている(文献5)。
I.頭の中にイメージを描こう。
a.細胞: 細胞の数や大きさを具体的に計算する。生体内で細胞たちが主人公として活躍する映画をイメージしてみよう。実験から得られた現象を細胞たちの社会の営みの姿として(印象派の絵画のように)想い描き、その本質を理解するよう努めよう。
b.分子: 分子の数や大きさを具体的に計算する。分子(タンパク分子・アミノ酸など)の姿で現象を想い描き、頭の中に分子の活躍する漫画を描いて、実験から得られた現象を分子の姿で本質的に理解するよう努める。
J.発表の際には、わかりやすく正確に。
1)自分がいいたいことをはっきりと知る。
2)相手にわかってもらうためにわかりやすく正確に話す。
3)ディスカッションでは、相互に役立つ意見を述べよう。
3.社会の中で広い視野をもつ科学者として成長してゆこう: 生命医科学の研究者・技術者も、専門に留まるだけではなく、人々の健康・福祉・医療の向上のために、そして、人々の本当の幸せのために、社会の一員として貢献するにはどうしたらよいか、広い視野に立って見渡す姿勢が大切である。特に、人類の世界歴史の流れの中での今を知り、私たちの国や郷土の歴史と今を学び、その理解に立脚したうえで、それぞれの仕事や生き方を通して社会と取り組んでゆかなければならない。研究の場においてはこのような視点を忘れず、共に学ぶ気持ちで進んでゆこう。
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付録1
研究プロジェクト: どんな仕事がチャレンジングな仕事なのか?
1. 目標設定に関して: (A)たとえ成功しても、成果が役立たなければ、始める意味がない。役立つとは、学問の発展に貢献し人々の幸福につながること。目標は高く。 (B)遠すぎる目標だけでは、到達する前に息が切れてしまい、どこにも到達できない。遠くの目標を見据えながらも、妥当な中間目標地点(マイルストーン、一里塚)をいくつか設定しよう。中間目標をひとつひとつ達成しながら最終目標地点を目指そう。チャレジングなのは、最初の中間目標地点も価値あるような仕事。
2. 技術的な困難に関して: 易しすぎれば始める価値がない。難しすぎれば成功する見込みはない(困難ではなく危険)。チャレンジングなのは「非常に難しい、しかし私なら最後にはきっと成功するだろう」と念じながら進める仕事。
3. プロジェクト選択に関して、あるいは役割分担に関して: 競争(秘密)よりも協力(連携)。できるだけ多くの正しい情報をグループの皆と共有しよう。ハラを割ってディスカッションすることができる人間関係・研究グループを築こう。役割分担のなかで一人一人の個性を発揮しよう。チャレンジングな(魅力的で楽しい)のは、人と協力しながらも自らの個性を活かし伸ばし続けてゆけるような仕事。
付録2
職業としての科学者について:
上記の「科学者」はサイエンティストとしての心と技をもつという視点から述べた。
上記に述べてきた素養だけでは、職業としての科学者には十分とはいえないかもしれない。このような素養は、現実には必ずしも達成されているとはいえないけれど、理想としては「職業としての科学者」にとっても必要条件としたい。職業としての科学に関しては、また機会があればいずれどこかで。
これからどんな時期にどんな形で社会に出て行く場合であっても、この時期にここで培ったサイエンティスト・科学者としての心と技(リサーチマインド、経験と技術)があれば、きっとそれを芯として育ってゆける。学部生や大学院生時代のこの研究室での実験研究は、サイエンティストの素養を備えた市民として成長してゆくための土台作り(トレーニング)の最も良い機会である。そして、これから先、社会にでてからもサイエンティストとして素養を高め続けてゆく長い道のりのスタート地点と位置づけよう。
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参考
1 札幌医大の私のWEBサイトに公開。「ほんとうに言いたいことは何か?」 <http://www.sapmed.ac.jp/~hhamada/page2-1-050520.htm>)
2 同上。「日暮れて道遠:伍子胥と范蠡」 <http://www.sapmed.ac.jp/~hhamada/page2-1-050905.htm>
3 同上。「捏造、偽装、換骨奪胎。(第一部)」<http://www.sapmed.ac.jp/~hhamada/page2-1-060125>
4 同上。「論文を書くときでも三手先を読もう」 <http://www.sapmed.ac.jp/~hhamada/page2-1-010301.htm>
5 同上。「グラフの形が違う!:ユーア、ロングの思い出」 <http://www.sapmed.ac.jp/~hhamada/page2-1-060127d.htm>
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