「短くまとめること」の勧め
2003年12月18日
先日、必要に迫られて、自分の研究のまとめを記載することになりました。
従来の、私の「研究の概要」は、1999年バージョンです。18年間の仕事の成果、80の原著論文のまとめです。頑張って推敲したつもりですが、全体で8000字あります。今、ホームページ上で探してみましたが、今年5月の大改訂で紛失してしまったようで、今はホームページ上では見つかりません。結局、この5年間で恐らく誰も読んで下さってはいないと思います。 、、、、、と、思うのも、、、以下のような経緯があるからです。
今回の「研究の概要2003」のために、「研究の概要(1999年バージョン)」をプリントアウトして、親しい友人に見てもらって、どう直したらよいか問うたところ、言下に「長すぎて読めない。短くしなきゃダメ。」と放り出されてしまいました。もっとも親身になってくれるはずの人でさえ、読む気が起こらない長尺ものだったわけです。苦しい。1999バージョンでさえ、何人にも耐えられない長さなのに、2003バージョンは、最近5年の仕事の概況とこの5年で発表した原著論文120の解説を追加することになります。単純に「てにをは」を直すコスメティックケアでは、KAIZENは不可能で、「もの」にならないことを悟りました。サマセット・モームの Of Human Bondage の王様と歴史学者のたとえ話を思い出してしまいました。(一人の歴史学者が、バリバリの働き盛りの忙しい王様の要望で、人類の歴史を短い読みやすい本にまとめなければなりません、これは歴史家にとっては10年がかりの大仕事になってしまいます。数冊の本にまとめた後、王様に献上にうかがうのですが、、、体力気力ともに衰えた年老いた王様のために、さらに凝縮した歴史の本にまとめ上げるよう命じられ、さらに10年がかりの思索を要してしまいます。そして、最後は、、、皆さんはご存じですよね。ただ、私自身は、モームの考え方に100%共感したくはないのです、これは、この小説を一生懸命読んだ16歳の時も、現在46歳の時点でも、変わらないように思います。) 取りあえず自分に課された課題は、この23年の仕事を2000字程度の短いまとめに結集させることです。
翌日、一日がかりで、まとめ上げたのが、ホームページの「研究の概要 1981-2003」2003年11月18日、です。
とりわけ思い出深い、最初の仕事、自分の手で仕上げた初めての論文、従来は、詳しく解説していましたが、今回も1パラグラフは割いたものの、ばっさりと短い記載に詰めました。
200の論文を2000字にするので、一つの論文当たり10文字です。S先生の膨大な仕事をどうまとめればよいのか。S・U両先生の30ほどの論文は、「薬剤感受性遺伝子や癌抑制遺伝子などを腫瘍細胞へ導入する細胞傷害誘導療法のために、(i)組織固有のプロモーター(ii)腫瘍選択的な増殖型アデノウイルス (iii)アポトーシス誘導療法、などの検討を行った」という数行に凝縮させました。
長年の相棒、Yさんとの仕事も、「B 遺伝子治療のための基盤技術の開発」のところに、コンパクトにまとめてあります。40kbのプラスミド1個をとるのにあれほど苦労した思い出を考えると、感慨にふけってしまい、何も書けなくなってしまいます。
また、WAKKIE、HANAちゃん、Sb君、Zhangさんらと、そして、自分自身も、膨大な時間と労力を費やしたG研時代の仕事も、「A 癌に対する免疫遺伝子治療」の短いまとめに集結させました。
一方で、Hさん、N先生と始めている新しい仕事たちは、まだ、ひとつの論文にもなってはいません(ただし、N論文は、今日にもアクセプトの吉報が届くはず)が、それぞれ、「組織選択的遺伝子導入の標的分子候補を探索するために、抗体のFcドメインと結合するZ33ファイバー変異型F40Z33を作成した。腫瘍細胞とベクターを架橋することによって遺伝子導入効率が高まるモノクローン抗体をスクリーニングすることにより、標的化の可能な表面分子の同定と臨床への応用を目指している。」、ならびに「MSCを静脈内投与すると、傷害を受けた中枢神経組織に特異的に集積した。脳内腫瘍治療実験で、MSC細胞はグリオーマ細胞塊の辺縁を取り巻くように拡がり、サイトカイン遺伝子導入によって強い抗腫瘍効果が得られた。グリオーマ選択的なDDSとして有望である。」というように、やや長めにわかりやすく記載しています。これからメインに進めてゆく課題たちなので、現在の私の仕事を説明する上では、不可欠の解説です。
S大学にきてから始めた「血管新生遺伝子治療の臨床研究」も、もうすでに、一つの戦いの歴史といってよいほど、語り尽くせぬ経験や逸話があります。まるで、カフカの小説、たとえば、「城」の主人公になって雪に埋もれた道をあるいてゆくような、リアルな不条理の現実があります。カフカの「審判」のなかで、主人公Kは、「人生を無駄に費やした罪」で?、最後は不可思議な情景の中で殺されてしまうのですが、私も現実の壁にぶつかるたびに、「人生を無駄に費やした罪」の意識にさいなまれるのを克服するには困難を感じました。皆さんは、カフカの「拒絶 Abweisung」という短編を読まれたことがありますか? このなかで、恐ろしい(でも本当は一番下っ端の)門番にさえぎられて、一度も掟の門の向こうの世界に踏み込んでゆけず、年老いてゆく哀れなヒトの姿が描かれています。「審判」の中の劇中劇としてもそのまま採用されていますので読んでみて下さい。オーソン・ウェルズの映画「審判」でも、象徴的に映像化されており、映画ファン必見です。 、、、現実の壁や、不条理の世界に直面するたびに、カフカのような人がいて、そして私たちのために、夜も寝ないで食べるものもろくに食べないで命をかけて、このような遺産を残してくれたことに感謝する日々でした。概要2003年版」で、どうなったかというと、「臨床応用を目指して、GCPに基づいた医師主導型臨床治験プロトコールを作成した。S大学の遺伝子治療審査委員会で2003年5月に承認を受け、2003年11月現在、S大学IRBにて審査中である」という、数行にぺっちゃんこにして並んでいます。どこにもカフカに慰められた日々の思い出はでてきませんので、ご安心下さい。ただ、M先生、Aさん、の名前が出てこないのは、余りにも申し訳ない。お二人の努力がなければ、こんなにすばらしいプロトコールになろうはずがありません。とうに挫折していただろうと思います。本当にありがとうございました。事務局の方々はじめ、S大学関係者の多くの皆様方の多大なる努力で、今も前進中なのです。(ただし、、一度も門の向こうの世界に踏み込んでゆけない状態は続いているわけで、私自身、どんどん年老いてゆく、、、。)
ずいぶん長い解説を書いてしまいました。実は、ここまでのところで2,800字あります。書いている途中から、「オチ」を作ろうと思い、意図的に(日常業務で本当に忙しいのに)長く書きました。すなわち、今回の解説はオリジナルの「短いまとめ」より、はるかに長い! ということを実現させました。「短くまとめる」ことを強く皆様にお勧めしながら、「短くまとめること」が、いかに難しいかを、この文章そのもので、身を挺して証明しようとしている姿を、ここまで辛抱して読んでこられた方々は、きっとお気づきと思います。長く書けば、文章の意味はますます不明瞭になり、ジュゲムジュゲム、、、クウトコロニネルトコロ、、、の世界で井戸に落っこちて死んでしまいかねないのです。
また、冗談抜きに考えるなら、膨大なSさんとの原著英語論文25編をぺしゃんこに数行に圧死させた、せめてもの罪滅ぼしに、お弔いの長い文章を書いた、と思って下さい。
さて、ここからが、本題です。自分の23年間の仕事を、2000字程度にまとめて見て、実は、ようやく再び「自分自身の仕事が良く理解できた」と思うのです。
添え付けの「主要論文」として20編ピックアップ(方針として、インパクトファクターの高さで選ぶのではなく、私の全体の仕事の流れの中で一定の位置を占める、私がファーストかラストになっている論文たちを選びました。)して、「概要」に対応するように、5つのセクションに分けて、並べ替えてみました。必ずしも年代順になっていないことにお気づきでしょう。
このようにまとめて、初めて、友人にも読んでもらえ、眺めてもらえる、「概要」や「リスト」になったように思います。
短くするというのは、自分の今までのあゆみを客観的に考える上でも、非常に重要なプロセスであることに気づきました。8000字のまとめしか持っていなかった5年間のどこかで見えなくなってしまったことを、今、再び見ることができるように思うのです。
実に、このまとめを書いてから、私は、「元気」になっているのを感じます。新しい出発をするためにも、「短くまとめる」というのは、必須のことのように思いました。
大学院生や研究者の皆さんも、是非、「短くまとめて」見て下さい。なにか、見えなかったものが見えるかも。また、日頃の実験計画で、この実験は、あの「短いまとめ」の、この行の裏に隠れる重大な仕事だな、などと意識すると面白いかも知れません。
さて、次回の予告編です。大学院生や研究者を「元気づける」、今回の文章の続編として、(少なくとも現在まではごく普通のサイエンティストのための)「自薦の奨め」を書いてみたいと思います。どんなに絶望的な状況の時でも、どこかに自分のいいところを見つけて、自薦の文章(あるいは墓碑銘?)を書かなくてはならないこともあるでしょう。その時の気持ちのもってゆきよう、文章のまとめ方、など、実例に添って考えてみたいと思います。今回の「短いまとめの勧め」と双璧ですが、他薦と同様、読む人の立場に立って自分を眺めるということがポイントでしょうか。数ヶ月後か、数年先かわかりませんけれど、元気だったら書いてみます。
<以上、2003年12月18日付けWEBサイトより再掲>
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