菜園日誌 170619-170625 イチゴ・エンドウの初収穫

2017年6月19日 月曜日 晴れ

午前、機械のK社の夏祭り展示会に行く。農業機械を見るのは面白い。

天気予報をチェックすると明後日水曜日の夜から木曜日一日が雨の予想に変わっている。と、なったので、水曜日にボルドー液散布の予定を組む。なかなか10日間隔というわけにいかない。

我が畑、除虫菊の畝、3種のピンクの花盛り。ここだけは初夏の南フランスの印象派絵画の色彩が溢れて風に揺れている。

エランイチゴ初収穫。手入れができなくて、すっかり野イチゴとなってしまったものの、初生りのエランは輝いていて美味しい。完熟のとりたてをその場で食べられるのは、うれしい贅沢である。家人の分までいっぱい採るが、採りきれるものではない。

絹莢エンドウも初収穫。今年の絹莢は赤花である。去年の白花に比べて、華やかさがある家庭菜園になった。土作りもモミガラのおかげでうまくいって、葉っぱも茎も大きく元気そうである。4月9日のタネ蒔き以来約70日目での初収穫となった。

ブドウの誘引整枝。シャルドネ2列、ソーヴィニヨン・ブラン1列。

お隣のAさんが訪ねてきてくださった。ブドウ栽培に関してアドバイスをいただく。

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2017年6月20日 火曜日 曇り

畑仕事はお休み。

火災保険の更新手続など。

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2017年6月21日 水曜日 曇り(夕方19時頃から雨)

午前中、ブドウ苗にZボルドー散布。500リットルで低速3速の速さで2回通り走って散布することができた。洗いに関しては、残ったわずかな薬液をドレーンから抜き、水洗い。水を入れるのに50分、散布に30分、エンジンが動いているのは正味1時間、軽油の使用量は約4リットル程度。

ブドウ挿し木苗にはスプレイヤーの散水ホースを使ってみた。ホースの巻き戻しがやや面倒である。小さな苗の葉裏にしっかりと薬液散布するためには、やはり背負い動噴が便利だと思った。薬液は別に調製しなくとも、スプレイヤーのドレーンから数リットルを融通するだけでよいだろう。

自宅の家庭菜園でエランイチゴの初収穫:
自宅の菜園は土が豊かで、自然栽培だけれど、イチゴは元気で大きな実を着けてくれた。今日が初収穫。タッパーケースに入れて家人のために持ち帰ることに。

ブロードキャスターを使っての施肥作業:
午後は、トラクター(前輪・クローラは洗浄済み)始動、オホーツク有機2号、6袋(120kg)をブロードキャスターに投入し、西園の6畝に施肥。オホーツク有機2号は、高価な資材でいささかもったいない気もするが、今期はこれしか登録していないのでやむを得ない。(残りは2.5袋となっている)。

ブロードキャスターの設定:
目盛りは前回の42(60kg/10a)では足りなくなるので、その半分、目盛りは指示通り31.5(30kg/10a)に設定し、ギアを高速に入れて、6km毎時の速度で走ってみた。約180メートルの畝を2往復すると、ほんの少しを余して、ほぼ120kgを使い切っていた。180x9x4=6480平米に散布した勘定となり、120kg/65a=18kg/10aである。目盛り31.5が示す30kg/10aからは「遠からずといえど・・」といった数字である。30kg/10aで撒きたいなら、目盛りを変えて試行錯誤を繰り返すか、車速を落とす、6.0x3/5=3.6km毎時として試してみればよいだろう。いずれにしても資材の性質(比重、粒の大きさ、粉の質と比率)などによって散布量が影響を受けるので、経験をつんでもピタッと合わせるのは難しそうである。「当たらずといえども遠からず」程度で妥協するのがよさそうだ。来年春は9メートル単位の畝幅で、施肥と種まき(ヒマワリ・トウモロコシ)を行うよう、計画してみよう。・・と思ったものの、ヒマワリやトウモロコシの自家採種タネをブロキャスで扱う量まで調製するのは非常に手間のかかる作業で、億劫である。(だいたい、雨が多くて寒い秋になってそんな作業を行う場所もなければ、乾燥保存しておく容器も場所も無い)。一方、1袋1kg幾らで買ってきているソルゴーのタネは値段も高くつく。結局、エンバクのような手頃な値段の緑肥以外はブロキャスを使用して種まきするのは難しい。機会があったら、農協でデントコーンや緑肥ヒマワリのバルクで買うときの値段を聞いておこう。あるいは、お隣に習って、ソバの栽培をいよいよ始めてみるのもよいかもしれない。要考察。(畑は放って休ませておいても一向に豊かになってくれないようだ。荒れ地になって、アザミや葛やニセアカシアが生えてくるだけで、やさしい草原の草が生えてきてくれないのだ)。

ブロキャスの作業はほんの10分程度で終わってしまう。次はロータリーによるT789圃場作業。

アタッチメントの付け替えを初めて一人で行う:
次いで、ブロキャス、取り外し。アタッチメントをロータリーに付け替える。初めて一人で行ったが、大いに難航。延々と2時間半かかってやっと成功。ロータリーが仰け反り気味で座っているので、アッパーリンクを近づけると、ロウワーの方が先にぶつかってロータリー全体を後ろに押してしまう。これに対処するにはロータリーカバーに敷石をはさんで少し俯き加減にするか、トラクター側のアッパーリンクを目一杯伸ばしてやれば良いのだが、敷石ではすぐに外れてしまうし、アッパーリンクは目一杯伸ばしてもロータリーの仰け反りに対応できない、という状況で非常に難航したのである。

アタッチメントを付け替えてしまえば、あとは機械作業だけ。ホントの仕事は機械がやってくれる。789圃場の7畝を比較的深く耕すのに1km毎時の速度だから、30分程度の作業であった。

終了時、91:28(開始時は88:03)、軽油は357.6リットル(開始時は337リットル)、なので、本日の使用時間は3時間25分。軽油使用量は約10リットル。ロータリー耕耘は大きな仕事量なので、軽油を一番多く使う作業であるが、7畝耕すのにこの程度であれば本当に助かる賢い使い方ではなかろうか。

午後はトラクターのアタッチメント交換作業で思わぬ時間をくってしまい、ブドウの誘引整枝にはほとんど時間を使うことができなかった。N3列のソーヴィニヨン・ブランが並んで二株、大きな新梢が根元でポッキリと折れており、ひどくがっかりである。風が下手人であるが、私の誘引が遅れたのだから人災ともいえる。残念。

補註:本圃場の場合、1番線がかなり高い位置になっている、つまり中柱の打ち込みが少ないような、場所もあり、幼いブドウにとっては1番線到達がなかなか大変である。ダンポールの誘引棒が1本では、別方向に伸びている枝を支持しきれない場合が往々にして生じる。無理して誘引すると根元で断裂させてしまうことがある。かといって放っておくと、風で、やはり根元から折れることもあるのである。

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2017年6月22日 木曜日 雨

雨の一日。畑仕事はお休み。晴耕雨読が本職なので、今日は読書を進める。

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2017年6月23日 金曜日 晴れ

午前・午後と一日中、ブドウの誘引整枝。ソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネ。二次成長として脇芽がどんどん伸びてきて、脇芽欠きも重要な作業になってきた。

イチゴ、エンドウの収穫、少々(今夜自宅で食べる分だけ)。

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2017年6月24日 土曜日 曇り時々小雨

朝、自宅、家庭菜園のイチゴ・エラン収穫。庭先で養成しているエダマメ、百日草、ムギワラギクなどのポット苗が大きく育ってきており、これから数日以内に畑に定植すべき日を迎えそうだ。

小雨模様なので、まずはJAに肥料を買いに行った。山越えの道は、今、ニセアカシアが咲き終わり、花片が道に散り敷き始めている。(クルマで通るときはスリップするので要注意)。

畑の倉庫裏の芝草の草刈り。今回は刈り払い機で払ってみた。

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午後はブドウの誘引整枝。シャルドネ。一列50本の誘引整枝に1時間ほども要する。

最後に、咲き始めたバラを3枝、切り花に。ポートサンライズ、鴇色の花弁が美しい。

夕方、18時、アーモンド園(アンズ園を今期から改称)に赴き、刈り払い、根元にスラゴ散布。刈り払いは1時間ほどで終了。

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2017年6月25日 日曜日 雨

雨のため畑作業はお休み。軽トラの清掃、車検依頼。ストチュウの調製。

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ディケンズ オリバー・ツイスト

2017年6月19日 月曜日

チャールズ・ディケンズ オリバー・ツイスト 中村能三(なかむらよしみ)訳 新潮文庫 昭和30年(1955年)

Charles Dickens, Oliver Twist, Penguin Classics, 2002 (First published 1837-8)

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 医者は死骸の方へ身をかがめて、左の手を持ちあげた。「よくあるやつだ」と彼は首をふりながら云った。「結婚指輪はないよ。じゃ、おやすみ」
 医者は食事をしに帰って行った。そして婆さんは・・赤ん坊に着物をきせはじめた。
 オリバー・ツイストは、着物というものの力を示す、絶好の実例であった。それまで、彼は毛布だけにくるまれていたのだが、それを見ると、貴族の子供といってもいいし、乞食の子供といってもよかった。・・ところが今、同じことにたびたび使われて、黄色くなった、キャラコの古着を着せられると、オリバーははっきり烙印をおされ、たちまちにして、本来の地位ーー教区保護の子供ーー救貧院の孤児ーーいやしい、いつも空き腹をかかえている苦役者ーーどこへ行っても打たれ蹴られーーみんなから蔑まれ、誰からも不憫をかけてもらえないーーへと落ちてしまったのである。(同訳書、p9-10)

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ディケンズ 荒涼館(1)

2017年6月19日 月曜日 夜(天候は恐らく晴れ)

C.ディケンズ 荒涼館 I 青木雄造・小池滋訳 ちくま文庫(訳本の初版は1975年筑摩書房の世界文学大系34)

 私に割り当てられた物語をどう書き出したらよいのか、本当に困ってしまいます。だって私が利口でないことは自分でも知っているのですから。それは昔からいつも知っていました。・・・以下、略・・・(同訳書、第3章、p35)

 ・・・たとい秘密ありげに歩いていたとしても? 女にはみんな秘密がある。そんなことはタルキングホーン氏は充分に心得ている。
 しかし、世間一般の女は今タルキングホーン氏と彼の家とをあとにして去ってゆく女と、かならずしも同じではなく、この女の質素な洋服と優雅なものごしとのあいだには、なにかひどく調和しないものがある。・・態度と歩き方を見ると、・・まさしく貴婦人である。(同訳書、第16章、p445)

補註 上記の訳本は4巻本で、そのうち第1巻を手に入れ、本日読了。
 正直言って、このディケンズ本は、いつものディケンズ本とは語りのスタイルが違っていて、私には読むのがきつい。
 語り手は2名、一人はもちろんディケンズで、神の視点に立つ。こちらには文句を言うまい。
 一方、交互に現れるもう一人の語り手(書き手)は、エステ嬢。「利口でない」と謙遜する彼女が、そう断ったことで許してもらったとばかりに「利口ではない方式」で延々と物語っていく。どうしてこの物語が始まってしまうのか、全体のストーリーの中で今はどんな時期なのか、そして最後にはどこに行きつくのか・・そのような流れに関して読者には一切の情報が与えられないまま、これが起こり、それからこれが起こり、それからこうなって・・という形、すなわち「ストーリー」が、エステの視点から時間経過を追って語られるだけなのだ。しかも、エステ嬢はあのディケンズのいつもの饒舌癖をたっぷりとお持ちなので、読者はあらゆる場面で寄り道に付き合わされている。実にじれったい。どうして「これ」が語られ、諸々の「あれら」は語られないのか、その「プロット」が450ページ読み進んでも読者には明かされないのである。小説の書き手の女性が「一人称形式」で語っていく場合、しかも彼女が美女で性格が良いと描かれている場合、読者はどうしてもその語り手を好きにさせられてしまいがちなものであるが、・・その少女がディケンズばりの微細な事柄を詳細に語るおしゃべり嬢であったら、2000ページの物語に付き合いきれるか、どうか? 筋金入りの真のディケンジアンでない限り、ディケンズは一人で沢山、お嬢さんにはご退場願いたい、と言いたい気持ちにさせられないだろうか。

 上記で引用した第16章でなにか秘密ありげな事情がほのめかされる。

 今までの450ページは、恐らく最後までには何らかの重要な複線であったことが解き明かされることになるのだろう・・と期待しつつ読み進めるしかないのであろうし、150年前のヴィクトリア朝の読者たちもそんな期待を持って次の号が出るのを待っていたのであろう。うまく期待通りなら、ディケンズはドイルやクリスティーのお手本となる先駆者ということになろうし、がっかりなら、50年後や100年後のドイルやクリスティーに活躍の場をたっぷり残してあげようとした思いやりのある先輩ディケンズという位置づけになろう。

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補註: 岩波文庫で2017/6/17、佐々木徹さんという方の訳で出版されつつあるようだ。「おまえはおかあさんの恥でした」──両親の名も顔も知らず厳しい代母に育てられたエスターと、あまたの人を破滅させてなお継続する「ジャーンダイス訴訟」。この二つをつなぐ輪は何か? ミステリと社会小説を融合し、呪われた裁判に巻き込まれる人々を軸に、貴族から孤児まで、19世紀英国の全体を書ききったディケンズの代表作。(全四冊)・・と紹介されている。ほかにご存じ、田辺洋子さんの新訳も出ているようだ。あぽろん社(2007/08)

補註: アマゾンの世界文学大系本の紹介では: 村上春樹の短編小説に登場したことから、手に取る人が増えたディケンズの力作。筒井康隆も大絶賛のこの『荒涼館』は、読む人が長さに圧倒されるためか、読んで薦める人が少ないのかもしれないが、他のディケンズの名作『オリバー・トゥイスト』『二都物語』『ディヴィッド・コパーフィールド』や『クリスマス・キャロル』より以上に、小説の構成が緻密で巧みで、複雑のようでいて絡み合いが面白く、小説の極致といえる作品。他の名作以上に、小説らしく作り上げられている。・・とある。

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菜園日誌 170617-170618 ブドウ緑枝挿し

2017年6月17日 土曜日 晴れ(ピーカン日和・陽射しは強烈、日中は夏のような天気、日が沈むと、やっぱり北海道らしく少し冷え込む)

午前中にジョイフルで買い物。ブドウ緑枝・挿し木のための用土資材。それからタネ蒔き用の培養土。

さらに、アーク・オアシスというお店でカッターナイフと替え刃を購入。カッターナイフはクラフトワークのコーナーに各種並んでいた。その中で、薄型(刃の厚みが0.25mm)のものを選んだ。いつもの大ざっぱな仕事をするカッターナイフに比べて、本体の値段は高く、一方、替え刃の値段は比較的安価であった。

次いで、自宅の庭先で、挿し木のための用土を調製。今回は、試しに・・
鹿沼土 60%、バーーミキュライト10%、パーライト10%、ピートモス(pH調製済みのもの)20%の配合としてみた。鹿沼土が17リットル袋で2袋なので、全体では56リットル程度となる。60リットルの盥に入れて、手でかき混ぜて出来上がり。こうして無肥料の培土を用いて発根まで乾かないように努め、その後、根が出てからは肥料をやって育てるのである。

それから、エダマメのポット・タネ蒔き。茶豆の系統を3種類。9cmポットで、24x4(=96ポット)。それからカボチャタネ・昨年買った長野在来ハッパードのタネが5粒残っていたので、こちらは10.5cmポットに一粒ずつ蒔く。今頃蒔いている分は、9月の中下旬頃の収穫か・・秋のエダマメがホントはおいしいといわれているが・・去年は毒蛾の幼虫も大量発生でやってきたりしたのであった。

そうこうしているうちに強烈な陽射しも傾き始めたので、ブドウ畑へ。バッカスの誘引整枝、2列。これで接ぎ木用の穂木を得る。ついで台木5Cの誘引整枝。これで台木の状況を確認。蚊取り線香など用意してから、接ぎ木作業開始。今日は、薄刃のカッターナイフの切れ味鋭く、ずいぶんと腕が上がったような気持ちになる。約10本で昏くなってきて作業終了。19時30分、今が一番日が長い時期なのである。

自宅に引き揚げてからは、5Cの挿し木。10本。15cmポット2個に分乗。緑枝挿しは、

小池洋男 果樹の接ぎ木・さし木・とり木 上手な苗木のつくり方 農文協

この本の40ページの記載を参考にして施行した。この本によると
<緑枝挿しでは25〜30日頃から、挿し穂の基部に形成されたカルス内で根源基が発達して発根が始まる。そして発根開始とともに、新根が吸収した養分によって、伸長停止していた新梢の先端がふたたび伸び始める。したがって、「新梢の再発芽」が発根のサインである。
 挿し床の水管理は、発芽して新梢が伸びている間は土が乾かないよう十分に灌水し、新梢が伸長停止し発根の始まる時期は灌水を控えめにして、酸素供給をする。根の出る時期に水が多すぎると発根が劣り、根腐れも生じやすいからである。>(同書、p38)とのこと。

ハウスなどの施設を持っていない現況では、せいぜいポリ袋などを被せて「密閉挿し」しておくぐらいしか能がなさそうである。25日後というと7月12日、30日後というと7月17日、この頃までに枯れずにいてくれるかどうか・・分からない・・いささか心許ない。今回が初めての経験となる。「緑枝挿しでは新芽から発芽する時期」が施肥のタイミング(同書、p42)とのこと。この日が迎えられるかどうか?

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2017年6月18日 日曜日 快晴・陽射しは強烈

朝からバッカスの誘引整枝(S11列)。そこで穂木を確保し、5Cへ接ぎ木、昨日の続き。バッカスの穂木の方が大きく、細く成熟気味の穂木を取ってこなかったため、5Cの茎が相対的に細めのことが多く、そのために、テープを巻いているうちに穂木が外れて抜けてしまう失敗を何度か経験した。また、昨日はあんなに良く切れたカッターナイフなのだが、今日は少し切れが悪い。(昨夜はブレードをヤニ落とし洗剤に漬けて良く洗い錆止めを塗って置いたにもかかわらず・・)。この2点のおかげで昨日よりは少し下手になっている。日中の強烈な陽射しのために、作業者の方は日焼け障害を負う(頬は鬼のように黒く、額と眼のまわりはやや日焼け不足のため、いわゆる逆パンダ顔・・カッコ悪い)。夕方薄暗く涼しくなってからの方が上手にできているようにも感じる。午前中2時間ほどをかけて10本程度の接ぎ木をおこなった。台木はあと5本ほどしか残っていないので、4回に分けて40本ほどの接ぎ木を行った勘定になる。5Cの穂木、10本程度は、昨日同様、自作の培土に挿し木をして自宅の2階に安置した。この2階は、気温は今時なら20度以上で、まず十分なのであるが、陽射しが少なくて暗いのがどうにも難点である。ぴったりとしたポリエチレン袋で掩って、日の当たる明るい場所に置いたほうがよいのだが・・。それにしても毎日付き添って世話していられるわけでもないから、ポリで掩ったりしたら、いつか必ず枯らしてしまうに違いない。ブドウの挿し木を頑張っておこなうなら、簡易な小さなもので良いからハウス施設があった方が良さそうだ。

午後は、バッカスの誘引整枝。2番手の枝を2芽でカットして保険をかけた上で、早くも今日で一本立ちにしたものも多い。6月中旬としては順調である。

ブドウ畑の外、東側のコスモス・ヒマワリの畝に施肥。

久しぶりに圃場周辺を回って歩くと、大変な状況である。西園の北端は葛やニセアカシアが生えてきているではないか。それに恐ろしいあの鬼アザミが随所に! すでに塔が立って花芽が堂々と伸びているではないか。丸腰で戦える相手ではないので、スコップを取りに戻り、探しながら、見つけ次第、掘り抜きして回る。

通常の雑草であれば抜き取ってその場で裏返しておけばよいので簡単である。が、花芽のついたアザミはそうはいかない。去年の失敗で知っているのだが、このオオアザミの場合、大浦牛蒡に負けないほどの根っこの養分と水分で、たとえ抜かれても、畑に放置されていれば、慌てて花を咲かせてタネを着けて綿毛で飛ばしてしまうのだ。だから大変である。ほっとけば大変なことになる。脅威である。

すでに巨大に育ったアザミを処理するには花を着けないようにバラバラにして、地下深くに埋めるか、焼却処分にするのが最善であるが、いずれにしても大変なことである。日暮れまでにいっぱい掘り上げて、取りあえずは軽トラの荷台に載せて、少し乾かしておくこととした。畑を歩くといくらでも見つかる。しかし、夏至の長い一日も暮れて、暗くなってアザミが見分けられなくなって、今日のところは一旦、引き下がることになった。こんなことをしていたので、ブドウ誘引は捗らず、それでも夜の8時まで作業をしていたのである。

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緑枝挿し:
観察と考察・・昨日挿したものの2,3本は現時点ですでにしなっとして枯れかけている。若い枝葉が特に元気を失っているようだ。
 挿し木苗は、たとえ緑枝挿しとはいえ、少し成熟したものの方が成績がよいはず。一方、今回は、緑枝接ぎの副産物として得られた挿し穂であるから、緑枝接ぎの台木として有利なように若干未熟な枝のさらに先っぽのところ(捨てるべき断片)を挿し穂に使っている。だから、早くも萎れてきているのかもしれない。昨日から水を切らしていないし、培土は無栄養で低電解質濃度に違いないし、気温も20度台前半と過ごしやすいし、・・萎れる理由は前述の理由ぐらいしか考えられない。
 今回のような緑枝挿しではうまくいかないようであれば、やはり5Cの木をしっかり丈夫に育てて、冬の始まりにしっかりした「木化した木の枝」を採取し、来年の今頃まで(雪の下の地中に埋めて)冷保存し、満を持して挿し木する・・という、当初の方針通りに進めていくことになろう。

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2017年6月22日 木曜日 雨

接ぎ木後1週間、多くのものは脇芽が生きている様子で、接ぎ木成功している感じである。もう少し大きめのしっかりした脇芽を残して接いでやっても(結果が早く分かって、しかも後の成長が速くて)よかったかもしれない。次回はそれを試みてみよう。

一方、緑枝挿し: 追記:2017年6月26日 月曜日 曇り
室内(やや日照不足だが仕方ない・・)に置いて9から8日ほど経過。室温は20〜25度程度で推移。この1週間ほどの間に、落ちるべき葉っぱは枯れ落ちて(いわゆるアポトーシスでポロリと落ちる)残った葉は緑を維持している。枯れるべき穂木は枯れた(枯れたのは20本中3,4本ほどと少数派、枝の成熟度との相関は無さそうだ)。もとから開きかけていた脇芽は数日のうちに展開してきて、そして今は一旦止まっている、静かな状況である。方針:このまま次の動きを待つ。7月10日前後まで。動きがあったら液肥ないし緩効性の肥料を与えてゆく。反省・考察:穂木は相当太めで充実したものを用いないと、秋までに登熟させられず、北海道のきびしい寒さで枯らしてしまいそうだ。

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ディケンズ 我らが共通の友(中)

2017年6月15日 木曜日 雨

C・ディケンズ 我らが共通の友(中) 間二郎訳 ちくま文庫

彼(=ユージン)に欠点があるのは分かっている、でもその欠点は彼の寄る辺ない気持ちから生まれたものなのーー何も信じられるものがない、大事にしたいものがない、これはと思えるものがない、だからそうなの。(補註1) そして彼女(=想像上のお金持ちで美しいレディ=つまりリジー本人の架空の姿)はーーあたしなんか足元にも寄れない、このお金持ちで美しいレディは、こうも言ってる。「・・略・・ 取るにも足りない私がいくらかでもお役に立つことで、今よりもずっと立派なあなたになって頂けるかもしれないんですもの」って(補註2)(同訳書、p140)

「女の心がーーあなたが言われた弱さを持つ女心がーーなにか得しよう、などと思うものでしょうか?」リジーは問い返した。この問いは、ベラが自分の父親に宣言したあの人生観と真正面から対立するものだったので、彼女(=ベラ)は胸中に呟いた。「ほらね、おまえなんか我利我利亡者の人でなしなのよ!いまの言葉を聞いたでしょ? 自分を恥ずかしいとは思わないの?」(同訳書、p478)(補註3)

「・・ほんとに、心の底から愛してるんですーーですから、あたしの人生はつらい事の連続なんだろうと思う時も、あたしはそれを誇らしく、嬉しく思うんです。あの方のためになにかに耐えていくことが、誇らしく、嬉しいーーそれがあの方になんの役にも立たないのはもちろん、あの方はそんなこと知りもしないし気にかけてもいない。でもいいんです」(同訳書、p479)(補註4)

「・・でもあの方の目が与えてくださった光明は、ぜったいにあたしの人生から失いたくないんです。どんな幸せに換えても。・・」(同訳書、p480)(補註5)

補註1 ここのところ、すなわちユージン・レイバーンの「寄る辺ない気持ちから、彼の欠点が生まれる」・・それをもう少し明確に詳しく描いて欲しいものであるが、極めて簡潔に、しかもリジーの視線から叙述されているだけなのである。「二都物語」のシドニー・カートンの役作りの際にも感じさせられることであるが、「ここに至るまでの経過」が描かれておらず、「ここに至ってしまっている」人物が「変わることなく」活躍する・・従って、EMフォースターの言うところの「円球人物」として成長ないし退化する「時間」は描かれていない・・という小説の構造なのである。しかし、このディケンズ・ワールド、それはそれで楽しい。「扁平人物たち」が織り成すディケンズ「空間」、その描写の世界も素晴らしく、楽しめるのである。

補註2 リジーがここまで献身的にユージンを愛するようになったその経緯も正面切っては語られていないのが、ディケンズ小説の世界である。
 こんな美女でここまで性格の良いリジーであってみれば、シンデレラ物語としてどんな王子とも結ばれて良いはずであるが、それが何故、ここまで欠点の多いユージンなんかに献身的に結ばれねばならないのか、と現代人なら考えてしまう。が、何しろ150年前のヴィクトリア朝の身分社会であってみれば、紳士のユージンと貧しく教育のない生い立ちのリジーとの段差は絶望的に超え難いものであって、これ以上のものを超えさせるのは、保守漸進的なディケンズには難しかったし、たとえ小説でも扱いがたい荒唐無稽となったのであろう。むしろ、(当時としては)ここまで厳しい超え難い壁を越えさせるディケンズの悩みと勇断に注目すべきなのである。

補註3&4 リジー(ロンドンを去って、秘かに田舎に身を潜め、工場で働いている)が(ベティ婆さんの埋葬に際して)訪ねてきたベラに、気持ちを語る場面。

補註5 「リジーがここまで献身的にユージンを愛するようになったその経緯」(補註2参照)が、リジーの口から語られる場面。理路整然という理性の世界ではなく、恋という心の世界の働きだから、まさに、この時のリジーが語るような語り口が正しいのであろう。小説でも直接的な描写言葉で語れない、人と空間と時間とを描写するしかなかったのかもしれない。

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「あいつ(=秘書のロークスミス氏)だって従僕どもと同じなんだ。こっちがあの連中を踏みにじるか、こっちがあの連中に踏みにじられるか、ふたつにひとつだってことがわしには分かってきたんだ。あいつらは、わしら(=ボッフィン氏夫妻)の昔のことを(たいていは嘘っぱちだが)もう知ってるんだ。こっちが初手から強く出なけりゃ、馬鹿にされるのがおちなんだよ。もとを洗えば、せいぜいのところがおれたちと似たもんじゃねえか、なにが偉い? とくるわけさ。気を許さずにつっぱり通すか、やつらの足もとに身を投げ出すか、そのどっちかを選ぶしかないんだ。本当だぜ」
 ベラは思い切って、睫毛の下から一瞬そっと彼(=ボッフィン氏)の方を盗み見た。以前は晴れやかだった彼の顔には、疑念、貪欲、うぬぼれが暗いかげりを投げていた。(同訳書、p360)

「でも、ボッフィン氏の側に、許してもらう必要なんてあるのかしら?」ベラは自室で椅子にかけながら考えたーー彼が言ったことは理にかなっている、そうよ、まさにその通りなんだわ。あれはあたしがしょっちゅう自分に言っていることそのままじゃないの。それなのにこんな気持ちになるなんて、あたしがそういう考え方を好きじゃないということかしら? そう、好きじゃないんだわ。そして彼はあたしにとって大恩人なんだけど、ああいう考え方をする彼に軽蔑を感じてしまうんだわ。それならばよ」ベラはいつもの通り、姿見にうつる自分の姿にきびしくこの質問をつきつけた。「いったいあんたはどういうつもりなの、矛盾だらけの、人でなしの小娘さん?」・・・(中略)・・・そして翌朝彼女は、またもや黄金の塵芥屋の表情にあのかげりをさがし、それがいっそう濃くなっていはしないかを確かめようとした。(同訳書、p363)

補註 扁平から突如円球へと変貌し、退縮(=ボッフィン氏)・成長(=ベラ)していく二人が描かれている、ややディケンズ離れした人物二人である。
 汚れ役のボギー(ハンフリー・ボガート)主演の映画「シィエラ・マドレの黄金」、あるいは、ご存じ「指輪物語」の魔術に囚われた人々を彷彿とさせるこのボッフィン氏の変貌、そしてその魔術の中にすでに呑まれていたかに描かれていたベラが、魔法には囚われていない新たな自己を見出し、その自分に問いかけながら生き方の答えを探し始める場面である。
 「彼(=ボッフィン氏)が言ったことは理にかなっている、そうよ、まさにその通りなんだわ。あれはあたし(=ベラ)がしょっちゅう自分に言っていることそのままじゃないの」・・つまり、極めて「ありきたり」の事象の描写ながら、ディケンズが描くと映画の一場面を見ているように印象的である。

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2017年6月16日 金曜日 晴れ

Charles Dickens, Our Mutual Friend, Penguin Classics, 1997 (First published in two volumes 1865)

補註 間二郎訳の同書、上中下の3巻本で日本語文庫で恐らく1500ページ以上。先ほど、中巻566ページを読み終えた。下巻に関しては、「¥ 3,738 より 7 中古品の出品」などとなってプレミアムがついており、なかなか手の出せる額ではないので、残り3分の1は原書で通読し始めることになる。

ちくま文庫版ではなぜか挿絵がカバーに一枚だけで残念であった。たとえば、中巻の挿絵は、ロジャー(ローグ)の娘・プレザント嬢が謎の人物(ロークスミス氏の変装)の訪問に緊張して髪をたくし上げる仕草をする場面ーー何気ない場面であるが、筋の展開ではかなり重要な場面(ペンギン版では Miss Riderhood at Home のレジェンド入り、p349)ーーこの一枚だけ。

一方、ペンギン版はオリジナルの挿絵が全て載せられていてありがたい。ぺらぺらと捲って見ると、ベラ嬢がボッフィン氏の本屋さん巡りに付き合う場面ーーベラは小顔で長身、ごつい大顔のボッフィン氏よりもすらりと背が高い美女に描かれている。圧巻のベラとリジーとの出会いの場面は・・残念ながら挿絵なし。

さて、訳本に頼って3分の2までは安直にたどり着けたものの、これからの3分の1の道のり、ディケンズ英語はかなり難解であり、最後までたどり着けるかどうか、危ぶまれる。

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