文化人類学

母性像の源流を原始大母神と子神にまで遡る文化史的民族学

2021年8月25日 水曜日 雨

石田英一郎(小松和彦・解説) 新訂版 桃太郎の母 講談社学術文庫 2007年

・・私は、・・広く世界を見渡した比較民族学上の材料を蒐集(しゅうしゅう)して、わが一寸法師の淵源を究めようと試みている。・・・(中略)・・・そこで問題はむしろ、なにゆえわれわれの祖先が、このような神秘をたたえた海原のかなたをば、また妣(はは)の国と観じたか、そしてこの神秘の異郷から、ときにスクナヒコナのような小男神が忽然とおとずれることがあるのであろうか、という疑問に向かう。(石田、同書、p190)

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 ・・インド古来のシャークティ崇拝

・・すなわちそれはシヴァ神の崇拝と密接に結合した、大母神による性的二元論の統一ともいうべき信仰であって、永遠に生殖する女性エネルギーたるシャークティ(性力)を擬人化した大母神が、永遠の男性原理たるプルシャと和合して、神々をも含む全宇宙を生み出すという思想を基礎に持つ。この母神はその最高の形態において、シヴァ神の妻マハーデーヴィーと同一視されるが、彼女自身はまたシヴァ神をも生み出した母神であり、彼の上に位すること、あたかも彼女の分身ともいうべきブラフマ、ヴィシュヌその他の神々のシャークティが、これら男性の配偶神の上位に位するにひとしい。彼女はシヴァと同じく二重の性格を具え、万有を創造するとともに、またこれを破壊する力であり、万有が生まれ出づるとともにまた帰り入る子宮なのである。こうしたシャークティ崇拝の原理や儀礼の多くは、もとより後期のヒンドゥー教の所産であり、アーリアの影響下に形成されたものであろう。  けれどもこの思想の根底に横たわるものは、決してアーリア的ではない。それは宗教史的には、先アーリア期のインド基層文化に属する原始母神の信仰が、ヴェーダやウパニシャッドの男神優位の教義に反逆して、かかる≪退廃≫した宗教の形で自己を顕現したものであり、その基調をなす原始母神の観念が、≪インドそれ自体と同じ古さ≫をもつとは、すでに学者の指摘したところであった。この原始母神こそはシャークティにまで発展した永遠の生殖原理たるプラクリティの原型である。  彼女の最高の発展形態たるマハーデーヴィーの数多い化身の一部類である八種のマハーマートリ(大母)は、すべて幼児を抱いた姿で現され、同じく原始母神を代表するものと解せられるさまざまの女神グラマデーヴァタの名称や属性は無数である。およそインドほどこの種の母神信仰が悠遠の昔から深い根を下ろしている国は珍しい。(石田、同書、p218-219)

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・・いたるところこれらの大母神は処女受胎によってまずその伴う男性の子神を生み、ついでその男神によって神々とあらゆる生命とを生む。しかもこれらの母神が、エジプトにおいても、スメール=バビロニアの文化圏においても、はるか先史時代に遡る原始大母神の直系であることは、あらゆる資料から証明できるのである。

母神イシスはエジプト最古の神々の一人で、ネイト、ハトル、ヌト、ムトなど、妣(はは)を意味する他の地方神とともに、≪未だ生まれることなくしてまず生む≫原初の存在であり、夫なくして太陽神ホールスを生んだ宇宙神-豊饒神である。ヘリオポリスのパンテオンの上座に、突如オシリスがこの母祖神の配偶者として登場するのは、比較的後の時代であって、彼は以前は微々たる地方神に過ぎなかった。その変化は、何らかの政治的事情に由来するものらしい。これに反して、後にオシリスとイシスとの子とされたホールスは、オシリスよりもはるかに古い神格である。(石田、同書、p221)

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補註: 妣 とは? ウェブ辞書によると・・亡くなった母という意味がある。

  • 音読み:ヒ
  • 訓読み:なきはは

亡くなった母という意味がある。

熟語の例: 顕妣(けんぴ)、先妣(せんぴ)、祖妣(そひ)、考妣(こうひ)

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