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なぜ、第二次大戦後の修正主義がタブーとなったのか?

2022年11月22日 火曜日 曇り時々霰パラパラ 一日中を果樹の剪定作業で過ごした。

福井義高 日本人が知らない最先端の世界史 祥伝社黄金文庫786 令和2年=2020年(2016年刊行の単行本の文庫化)

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第二次大戦後の修正主義

 ・・講和条約に明記された戦勝国史観に対する修正の試みが、戦争終結直後から盛んとなり、学界や政界の中心において広く受け入れられた第一次世界大戦と異なり、第二次大戦連合国史観は、戦後70年経った今でも、米国主導の世界秩序のイデオロギー的基礎として、戦勝国のみならず敗戦国においても正統史観としての地位を保っている。  なぜこのような大きな違いが生まれたのであろうか。(福井、同書、p51)

 ・・米国エリートにとって、修正主義や「陰謀史観」の誤りは、事実認識にあるのではなく、その「愚かな」政治判断にあるのだ。(同、p54)

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なぜ、第二次大戦後の修正主義がタブーとなったのか

 ・・第二次大戦後に修正主義が拡がらなかったのは、ホロコーストと冷戦という第一次大戦後には存在しなかった要因だけによるわけではない。(福井、同書、p54)

 ・・こうした第二次大戦後における修正主義を阻止する動きが、実は戦前の米国参戦に向けた英国の情報工作と密接に関連していたことを明らかにしたのが、トーマス・マールの『死にもの狂いの偽計』である。・・しかし、この違法な情報工作には、本来それを防止すべき工作対象の政府、すなわちルーズベルト政権の強力な支援があった。  OSSのトップには、英情報機関が「我々の一員」(our man)と呼んだウィリアム・ドノヴァンが任命され、英国が米国内で諜報活動を行うために設立したBSC(英国安全調整機関)の本部として、ロックフェラー家はロックフェラー・センターの38階を無償で提供した。そして、大統領の特命を受けて活動したのが、後の副大統領ネルソン・ロックフェラーであった。  おそらく、日本では歴史学者のみならず、知米派・親米派と呼ばれる知識人の多くが、陰謀史観に満ちた俗書として切って捨てるだろう『師にもの狂いの偽計』を、現在の米国エリートはどう見ているのか。  実は、ジョンズ・ホプキンス大教授であり、ネオコンサバティブ(ネオコン)の論客として著名なエリオット・コーエンが驚くほど好意的な書評を書いているのだ。そこに見られるのは、偽計は偽計として認めたうえで、「正しい」目的は手段を正当化するという、先にも見た米国エスタブリッシュメントの変わらぬ「信条」である。(同、p56-57)

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