2024年10月19日 土曜日 雨
寒くなってきた。事務所のストーブをON。久しぶりの読書。テーブルの上にここ数ヶ月積んであった(だけで開けらることのなかった)文庫本の小説・・「二日酔いの作家」(とも誰かさんが言っていた・・)モームの短編。
モーム短篇選 行方昭夫編訳 岩波文庫 赤254-11
・・「私(=ミセス・クロスビー)の筆跡ではありません」
「分かっています。現物の正確な写しだそうです」
彼女(レズリー=ミセス・クロスビー)は改めて手紙を読んだ。読むにつれ恐ろしい変化が彼女の全身に現れた。もともと青い顔は見るも無残なものとなった。緑色になったのだ。突然、肉が消え去り、肌は骨に貼り付いたようになった。唇は奥に引っ込み、歯が剥き出しになり、まるでしかめ面をしているようだ。ジョイスをじっと見つめる目は眼窩から飛び出していた。ジョイスは、分けの分からぬ事を喋るシャレコウベ(髑髏)を相手にしている気分に襲われた。
「一体どういう意味ですの?」彼女が囁くように言った。
彼女の口は乾ききってしまい、嗄れ声しかでなかった。もはや人間の声ではなかった。
「それはあなたが答えることです」彼(=ジョイス;レズリーの弁護士・友人)が答えた。(モーム、「手紙」、行方昭夫訳、同書p101)
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・・ 彼女(レズリー)はジョイスをまじまじと見た。大した目でないと思っていたのは誤りだった。とても美しい目で、勘違いでなければ、その目は今涙で光っていた。声は涙声になっていた。(モーム、「手紙」、行方昭夫訳、同書p106)
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・・「知っているって、何を?」
彼女(=レズリー)は相手(ジョイス)をじっと長いことみつめていた。その目には奇妙な目つきが浮かんだ。軽蔑か絶望か? ジョイスには区別がつかなかった。
「ジェフが私の愛人だったということです」(モーム、「手紙」、行方昭夫訳、同書p123)
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・・ようやく話し終えて、彼女は大きく息をついた。顔はもはや人間のものではなかった。残忍さと憤怒と苦痛とで歪んでいた。物静かな、しとやかな婦人が鬼のような情念を抱きうるなんて誰も思わなかっただろう。恐ろしくなって、ジョイスは一歩後退りした。彼女の顔を見てすっかり仰天した。人間の顔でなく、たわ言を発するぞっとするお面だった。・・・(中略)・・・
ミセス・クロスビーの顔はじょじょに正常に戻りつつあった。しわくちゃの紙を手でなでるように、顔にはっきり刻み込まれていた情念の跡が消えていった。一分もすると、顔は冷静で穏やかな、皺など見えないものになった。少し青ざめていたが、口元には愛想のいい微笑がこぼれんばかりだった。育ちのよい、高貴でさえある婦人にまた戻ったのだ。
「ドロシー(ジョイスの妻)、今行くわ。お手間とらせて申し訳ないわね」(モーム、「手紙」、行方昭夫訳、同書p136-137)
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