culture & history

天道は是か非か:世界の真相vs人間の主体的行為の価値

2015年12月9日 快晴

川勝義雄 中国人の歴史意識 平凡社ライブラリー1400 1993年 (オリジナルは、朝日新聞社が刊行した「中国文明選」の中の一冊「史学論集」の総説・あとがきとして書かれたもの。1973年。)

「史」ーー記録者ーーは、「直筆」すること、まっすぐに、ありのままに事実を記録すること、を至上の義務とすべきものだと意識されていた。・・・時の権力に抵抗して生命(いのち)をおとしても、筆を絶対にまげないことが「良き史」たる資格とされていた。「史」がすでに「史書」あるいは「歴史家」という意味に拡大されていた七ー八世紀の劉知幾は、・・「史官」あるいは歴史家の務めの第一が、「善を彰(あら)わし悪を貶(おと)し、強禦(きょうぎょ=権力者)を避けざること、晋の董狐(とうこ)・斉の南史(なんし)のごとく」であらねばならぬ、と力説していた。「史の直筆」は、宋の文天祥がいうように、天地の「正気」の発現である、と観念されていたのである。(「正気歌」)(川勝、「天道は是か非か」、同書、p38)

中国における「史の直筆」の観念は、・・・「善を彰(あら)わし悪を貶める」ことを根本的な動機とする。・・・「善を勧め、悪を懲らしめる」「春秋」の基本的な批判精神に由来する。・・・中国において、「史の直筆」、すなわち「事実をそのまま記録すべし」という観念は、人間の善悪に対する価値判断、すなわち倫理的な要請を根本の動機として成立していた。(川勝、天道は是か非か、同書、p40−41)

中国では史書が、歴史家が、なぜそれほど倫理的でなければならないのか、それほど倫理的でありながら、いかにして史書でありうるのか、が問われねばならないであろう。(川勝、同書、p42)

はたして「天道は是なのか非なのか」。人間の善悪という倫理基準では測りしれないこの世界の真相=道とはいったい何であるのか、人間の善悪をこえて押し流してゆく時の流れ=歴史の過程とは何か、という問題意識こそ、司馬遷がその畢生の著述たる「史記」を通して追究した根本的な課題にほかならない。それは、この世界の真相あるいはその存在根拠と、その中に生きる人間の主体的行為としての価値と、つまり存在論と価値論と、両者の関係いかんという、きわめて哲学的な大問題であった。(川勝、同書、p46−47)

世界は不断に変化し、変化しつつ無限に連続するという本性をもつ。このような一種の弁証法的世界観の哲学は、結局、人間世界の本質を歴史的存在とみることに傾くであろうし、そのような形而上学を基礎とする精神は、本質的に歴史的精神といってよいと思われる。このような性格をもつ精神が、当時の諸学を綜合し、世界の統一的解釈を試みようとすれば、それは一種の世界史の形に結晶せざるをえぬ必然性があったろう。(川勝、同書、p48)

不断に変化する「道」を世界の究極相と観じ、世界を本質的に弁証法的構造において把える中国の形而上学と、その「道」を分析的合理的な理性によって把えることはできず、具体的な事実連関の認識を通した直観によってしか、それを把えることができないとする認識論と、この両者を根幹とする中国的精神は、むしろ本質的に歴史的精神である。(川勝、同書、p64)

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注:
董狐の筆 とうこのふで 「ことわざ図書館 >と >董狐の筆」より<以下引用> http://www.kokin.rr-livelife.net/koto/koto_to/koto_to_8.html 
権勢を恐れずに真実を書くこと。 ありのままの歴史を書き記すこと。 出典は春秋左氏伝の宣公二年。
主君の霊公を殺した趙穿(ちょうせん)を正卿である趙盾(ちょうとん)が取り締まらなかったので、史官であった董狐は趙盾を以て「其の君を弑しいす」と記述した故事。 ちなみに趙盾は当初「自分が殺したわけではない」と反論したが、董狐の記述した理由を聞くと自分の罪として受け入れたという。 これを評して孔子は「董狐こそ古の良史であり、趙盾こそ古の良大夫である」と述べている。
辞典
直筆して憚る所なきをいう。
趙穿(ちょうせん)、霊公を桃園に攻む。宣子(せんし)、未だ山*1を出でずして復(かへ)る。太史、書して曰く、趙盾其の君を弑(し)いす、と。以て朝に示す。宣子曰く、然らず、と。対へて曰く、子は正卿となりて、亡(にげ)て境を越えず、反(かへ)りて賊を討たず、子にあらずして誰ぞ、と。(左伝・宣二年)
穿は趙盾の従父(じゅうふ)昆弟(こんてい)の子なり。
霊公、趙盾を殺さんとす、故に出奔せしなり。
晋に在りては董狐の筆(文天祥・正気歌)
*簡野道明編「故事成語大辞典」461/1009
出典・参考・引用 「春秋左氏伝」宣公二年

注: 斉の南史

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