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農地エンジン: 資源、廃物・廃熱、物質循環の3つの条件

2019年10月20日 日曜日 曇り(昨日からの雨は止んで、雲の間に青空が見える)


槌田敦 弱者のための「エントロピー経済学」入門 ほたる出版 2007年  


・・では、好ましい社会とはどういう社会であろうか。これは、・・動物と人間の違いを考えることで得られる。つまり、商取引による経済活動である。そして、アダム・スミスの言う「神の見えざる手」、つまり外部不経済のない社会が成立していることである。(槌田、同書、p246)(補註参照)

補註191020  アダム・スミスの言う「神の見えざる手」 = 外部不経済のない社会 ・・というわけには、(現実には)なっていない場合が多い。「神の見えざる手」という言葉を用いる場合には、次ページの引用文のように、「外部不経済の生じない範囲で」という限定詞をいつも付けておきたいところであるが、人の性として「外部不経済」が自分の身に降りかからない限りは考慮の外になってしまうことが常であり、常に限定詞を付けなければ成立しない概念ならば「神の見えざる手」という言葉自体が、もし単独で使われれば欺瞞の言葉使いになってしまう。そのような訳で、むしろ「神の見えざる手」という言葉は使わない方が誤解を回避しやすいと私は感じる。


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生活の基礎はこれからも農業

 ・・農地という人工の生態系で生産される穀物は、保存と運搬に適していて、商業の対象となり、人間に文明をもたらした。・・今後も、穀物が人間社会を支えることに変わりはないから、生活の基礎は穀物農業ということになる。(槌田、同書、p247)


農地もエンジンである

・・この農地も、食料を生産するエンジンであることに気づく必要がある。農地が毎年同じ活動を繰り返すためには、この農地エンジンにも資源、廃物・廃熱、物質循環の3つの条件が満たされていなければならない。

  農地の資源は、太陽光、水、肥料である。このいずれが欠けても、農地は食料を生産しない。農地から排出されるのは、廃熱、廃物(水蒸気、塩分など)と製品としての農作物である。農作物を収穫するのだから、これに相当する肥料を入れることによって農地の中で栄養素の循環が一年を周期として回り、毎年同じように農作物を生産できる。

 ところで、これらの作業は、天然状態でしなくてもよい。資源は人間の技術で変更可能である。太陽光の代わりに電灯が使われ、別の場所から水を取り入れ、栄養素(肥料)としては人工のものが使われてもよい。

 人間は、土地を作り変えて、人工農地にすれば食料を大量に、また安定して得られることに気づき、自然農地から食料を得るのでなく、人工農地で食料を作ってきた。これが栽培農家である。農業は最初から人工であり、工業と同じであったことを素直に認めたほうがよい。

 このようにして、資源を人工で供給すると、水田のように廃物の除去も人工にしなければならなくなる。これができないと、古代文明のように、塩分の蓄積などで農地の管理に失敗し、砂漠化してしまうことになる。

 そして、毎年繰り返される農作業により、農地の物質構成は循環的に修復・再生されて、作物を収穫することができるのである。(槌田、同書、p249-251)

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