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たったそれくらいの事で、大騒ぎして、そうして、死のうとするなんて、私は夫をつくづくだめな人だと思いました。

太宰治 嘘 ちくま文庫版太宰治全集8(オリジナルは昭和21年2月1日発行)

前のページの記載からの続き:


<以下引用> 

「・・まあ、あの落ちつき払った顔。かえって馬小屋のマギで聞いていた圭吾のほうで、申しわけ無くなって、あなた、馬小屋の梁に綱をかけ、首をくくって死のうとしたのです。

  署長は・・そこでもって、馬鹿! 命をそまつにするな! と叫び、ひきずりおろしたところへ、私たちが駈けつけたというわけでしたが、・・その時の、嫁のまるでもう余念なさそうに首をかしげて馬小屋の物音に耳を澄ました格好は、いやもう、ほとんど神(しん)の如くでした。・・」(太宰、同書、p198-199)


「圭吾は、すぐに署長の証明書を持って、青森に出かけ、何事も無く勤務して終戦になってすぐ帰宅し、いまはまた夫婦仲良さそうに暮らしていますが、・・」(太宰、同書、p199)


補註: この『嘘』でも、男(=圭吾)の間抜けさ・馬鹿さ、そして嫁の、生活者としての賢さ・如才なさ・ガードの堅さが際立つのである。昨日も引用した『おさん』から孫引きで再び引用してみたい(ただし一部改変):

「・・たったそれくらいの事で、・・大騒ぎして、そうして、死のうとするなんて、私は夫をつくづくだめな人だと思いました。・・・、ご当人の苦しさも格別でしょうが、だいいち、はためいわくです。・・悲しみとか怒りとかいう思いよりも、呆れかえった馬鹿馬鹿しさに身悶えしました。」(太宰、同書、ちくま文庫版全集9、p257より一部改変)

・・というわけである。そして、戦後75年も経った今でも『男女同権』(ちくま文庫版太宰治全集8、p320参照)の方向には、当たり前のことではあるが、一向に近づいていないのである。

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