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繁栄の始まりは分業から?

2021年12月31日 金曜日 晴れ

マット・リドレー 大田・鍛原・柴田飜訳 繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史 早川書房 2010年(原書は、Matt Ridley, The Rational Optimist: How Prosperity Evolves, 2010)

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・・囲い込みによって生計手段を失った人がいるのはたしかだが、囲い込みは実質的に農場労働者の賃金雇用を増やし、そういう意味では大半の人にとって、低レベルの自給自足から少しはましな生産と消費への転換だった。(リドレー、同飜訳書、下巻p65)(補註$)

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1750年から1850年にかけて、イギリス人は、労力を節約したり増幅させたりする装置を、驚くほどいろいろと発明している。そのおかげで生産を増やし、販売を増やし、稼ぎを増やし、消費を増やし、暮らし向きが良くなり、多くの子どもが生き残るようになった。・・・(中略)・・・「どうして一つの国(イギリス)にこれほどたくさんの才能が集まったのだろう?」と。  もちろん、考え方の前提がまちがっている。というのも、これらの才能を引き出したのはこの時代と場所の発するオーラだったのだ。彼らの才能はすばらしいが、どの国にも、どの時代にも、ワットやデイヴィーやジェンナーやヤングはいた。しかし、その才能を引き出すように、十分な資本、自由、教育、文化、そして機会が結集することはごく稀である。(リドレー、同訳書、下巻、p59)(補註#参照)

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補註: 著者のリドレー氏は、オックスフォード大学出身、ドーキンスらと並ぶ科学啓蒙家として世界的に著名、2010年にはオックスフォードで開かれたTEDグローバルに登壇し、喝采を浴びた、とのこと(本書、カバーの裏より)。英語で2010年に出版された本が、日本語訳で2010年10月に出版される・・前評判の高いセレブである。

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ウィキペディアによると・・・TEDカンファレンスとは?

TED・・変遷もあるが、基本的には学術エンターテインメントデザインなど様々な分野の人物がプレゼンテーションを行なうというスタイルである。

講演者には非常に著名な人物も多く、ジェームズ・ワトソン(DNAの二重螺旋構造の共同発見者、ノーベル生理学・医学賞受賞者)、ビル・クリントン(元アメリカ合衆国大統領、政治家)、ジミー・ウェールズ(オンライン百科事典ウィキペディアの共同創設者)といった人物がプレゼンテーションを行なっているが、最重要事項はアイディアであり、一般的には無名な人物も数多く選ばれ、事前のコーチングを受けた上でプレゼンテーションしている。

カンファレンスに出席するためには、審査を受けた上で年会費10,000ドルを支払って、TEDの会員になる必要がある。

TED Global(TEDグローバル)はTEDカンファレンスの姉妹講演会。基本的なスタイルはTEDカンファレンスと同じだが、開催が一年おき、また開催地が毎回変わる。つまりはTEDカンファレンスの世界巡業版。第一回TEDグローバルは2005年、イギリスオックスフォードで開かれ、第二回は2007年、タンザニアアルーシャで開催され、2017年も同地で開催される。講演テーマに関して、経済成長や開発といったグローバルな問題により重点が置かれている点にも特徴がある。(以上、ウィキペディアより引用終わり)。

補註の補註: 年会費10,000ドルという額を耳にしただけでも、雲の上の人々の集まりということが分かる。TEDカンファレンスという言葉を以前にどこかで聞いたような気がして調べてみたら、ビルゲイツのウィキペディアで見つかった。今回のコロナ危機とも関連して、2015年の講演が話題を呼んでいるので私も耳にしたのであろう。 <以下ウィキペディアから引用>

2020年の3月24日のビルゲイツの講演もTEDのホームページから見ることができるようだ。

<以下TEDのページから引用> Philanthropist and Microsoft cofounder Bill Gates offers insights into the COVID-19 pandemic, discussing why testing and self-isolation are essential, which medical advancements show promise and what it will take for the world to endure this crisis. (This virtual conversation is part of the TED Connects series, hosted by head of TED Chris Anderson and current affairs curator Whitney Pennington Rodgers. Recorded March 24, 2020)

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補註#: 強大な武力を背景とした三角貿易による大きな富の蓄積・・産業革命のキーワードも忘れてはならない。世界史の大きな流れは、「覇権」で読み解くことになる。

補註追記220105 血塗られた繁栄・・産業革命を興すには莫大な原資がかかりますが、これは奴隷貿易によってまかなわれました。(神野正史 「覇権」で読み解けば世界史がわかる p204 祥伝社 2016年)

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補註追記220105 

神野正史 粛清で読み解く世界史 辰巳出版 2018年

ヨーロッパは時代から取り残された“恐竜”

・・18〜19世紀にヨーロッパが覇(ヘゲモニー)を唱えることができたのも「強者」だったからでも「優等人種」だったからでもなく、単に「武力が無制限にモノを言う時代(帝国主義時代)」にあって、彼らの「異分子は粛清(みなごろしに)せよ!」という教条(ドグマ)をもつ“戦闘民族”としての民族性がぴったりと適合(マッチ)したからに他なりません。(神野、同書、p300)追記220105終わり。

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補註$: 本書の著者リドレー氏の常套的な論の進め方だが、やはりどことなくおかしい・・という違和感がある。この本の現代の読者の中に含まれているグローバル企業の経営者たちに喜ばれる論の運び方なのかもしれない。

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補註: リドレー氏のこの「繁栄」本も、私にとっては評価が難しい本の一つである。グローバルな視点から書かれていて、オックスフォード関連の弁舌爽やか超優秀な方だとは感じられるのだが、それでもわたしたち読者には読んでいてどこかおかしい・・という感じを大切にしたい。とりあえずは、この本を貫いている「グローバルな考え方」から一定距離離れてみること、たとえば、自分の住んでいる「国」単位で、しっかり地に足をつけて具体的に考え直してみたらどうだろうか。

どこかおかしい・・という違和感は、たとえば、以下のような例でも考えの糸口になりそうである:

・たとえば、リドレー氏の日本に対する記述・・では、私が(世界の他の国に対する知識に比べて、つまり相対的ではあるが)日本についての知識が多いために、具体的にはかなり間違っているのを指摘することができる。とすると、他の国々に関する記載でも、調べてみれば同様の間違いが多いのではないか、と疑わされるのである。

・また、たとえば、リドレー氏のオサマビンラディン氏に関する言及・・では、あたかもこの本の読者はみんなオサマビンラディン氏が911事件に関連した悪者であるというコンセンサスがあるかのごとく記載しているが、リドレー氏ご自身はラディン氏を本当にご存じなのか? BBCの放送を鵜呑みにしていらっしゃるのでは? と突っ込みを入れたい。2010年のこの本の出版以後、前の前のアメリカ大統領オバマ氏の時であったが、いわゆるオサマ氏が潜伏中にアメリカの部隊に踏み込まれて捕まり殺されて、顔を撃ち破られて海に投棄されたというニュースが流れた。正当な裁判はおろか本人確認さえなされない殺人で、オサマ氏であることをどうやって知ることができるのだろうか。何で顔を?ーーーエラリークイーンはおろかアガサクリスティーも採用を躊躇うだろう見え透いたストーリーでは興醒めである。もちろん、この事件に関してリドレー氏には一切責任が無く、私からのこのお咎めは、リドリー氏への言いがかりに過ぎない。が、もしリドレー氏がラディン氏をご存じないならば、ラディン氏をわざわざ持ち出さなくてもいいじゃないかーーー本書「繁栄」の論旨に関わりが無いのだから。要するに私は、BBCやNHKテレビの見解をリドレー氏のような世界的インテリ・リーダーに軽々しく無批判・軽信的に採用して頂きたくない。というあんばいで、他の国々のさまざまな人々や歴史的事実や言い伝えに関する記載に際しても、リドレー氏には思い込みによる勘違いが多いのではないか、と疑うのである。

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