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リットン報告書は「日本の満州における権益を認めるから、イギリス・フランスにも相応の分け前をよこせ」と言っていた。

2023年1月4日 水曜日 晴れ

鈴木荘一 満州建国の真実 勉誠出版 2018年

 ・・リットン報告書は、  「日本の満州における特殊権益を認め、中国が主張する満州事変以前への原状復帰は却下し、国際連盟の管理下に置く自治政府を日本人を中心とする外国人顧問団が指導する」という内容なので、イギリス、フランス、イタリアなど連盟各国は、  「日本にとって名を捨て実を取る内容だから、日本は満足して受諾するだろう」と大いに期待したのである。すなわち、・・リットン報告書は、  「日本の満州における権益を認めるから、イギリス・フランスにも相応の分け前をよこせ」と言っているのである。これは、かつてアメリカ鉄道王ハリマンが「南満州鉄道に出資したい」と言ったのと同様の主張である。・・・(中略)・・・  日本陸軍は宇垣派、皇道派、満州組、統制派の四派が並立しており、リットン調査団が面会した陸相荒木貞夫は皇道派のリーダーである。・・とくに満州組のリーダー石原莞爾は支那との不戦を唱え、  「日本・満州・支那の日満支三国協調による東亜連盟の構築」を企図している。その意味でリットン報告は、満州組にとっても許容範囲内にあった。(鈴木荘一、同書、p128-129)

 ・・しかし日本外務省が強硬だったのだ。  満鉄総裁を勤めていたとき満州事変の拡大派だった内田康哉(こうさい)は、昭和7年7月6日に斎藤実(まこと)内閣の外務大臣(〜昭和8年9月14日)になるや、満州国承認方針を打ち出し、・・リットン報告書が公表される前の昭和7年9月15日に満州国を承認した。これはかつて外相小村寿太郎がハリマン提案を拒絶したのと同様の、非妥協的なアメリカ・イギリスに対する強硬姿勢である。(鈴木荘一、同書、p130)

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