2023年12月23日 土曜日 晴れ
ジョセフ・コンラッド 闇の奥 藤永茂訳 三交社 2006年(オリジナルは1899年)
『「ええ、分かっています」と僕は言いながらも、心のなかでは何かやりきれないものを感じていた。しかしその一方では、あくまで彼を信ずる彼女の心根を前にして、また、あの暗黒、そこから僕が彼女を守り抜くこともーー僕自身を守ることさえもできなかった、勝ち誇る暗黒に包まれながら、なおもこの世ならぬ光に輝いている大いなる救いの幻影を前にして、僕はつくづく頭の下がる思いがしたのだ。
『「何という大きな損失でございましょう、私にとってーーいえ、私どもにとって!」と彼女は美しい好意をこめて言い直したが、さらに加えて「世界にとってもですわね」と呟いた。黄昏の最後の微光の中で、僕は、凍てついたような涙を一杯ためた彼女の瞳がきらりと光るのを見た。(コンラッド、同訳書、p198)
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補註: 3泊4日の福岡訪問を終えて昨夜、札幌に帰って参りました。
補註: 今日、12月23日といえば平成上皇さまのお誕生日(九〇歳)です。そしてまた、昭和23年(東京裁判にて)戦犯として処刑された方々の命日の日でもあります。この皇太子さま(当時)のお誕生日に合わせて、日本という国の政治軍事の責任を担っていた方々を絞首刑に処するというGHQの心根に、私たち日本人には共鳴することはおろか理解することさえもできない深い闇、”European Mind”の奥に棲まう残虐性を感じて慄くのです。そしてそれは、決して私たちだけではなく、多くの日本人の心持ちだと思います。
補註: 今回の福岡訪問にて、このコンラッドの訳本をはじめ多くを学ばせていただいた藤永茂先生にお目にかかることができました。九七歳という高齢の先生・・けれど、しっかりとお話しになり、しっかりとお食事なさり、しっかりとお歩きになっていらっしゃいました。先生、どうか、風邪などお召しになりませぬよう、お気を付けて。良い年の暮れをお過ごしください。
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補註追記231225: 「大いなる救いの幻影」・・実像としての「救い」では、ない。それは、いわば蜃気楼のような幻=虚像であって、現実には存在しない「救い」なのである。
このような複雑な言い回しは、コンラッド特有の文体であり、原文の読解に関して私の英語力では到底歯が立たない所以である。今までに何度も抵抗の努力はしてみたものの、さて、古稀に届きそうな今の私となっては、良い飜訳に頼って、日本語として、日本人として文学を味わっていこうと腹を決めている。(補註追記231225終わり)
補註: エルトゥールル号遭難事件は1890年(明治23年)のこと。ちょうどこの頃、船乗りのコンラッドは、ベルギー領(というよりは正確に、ベルギー国王レオポルド二世・私領の植民地)コンゴへと旅していたのだ。
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240316HH追記: 先日のこと、幕張本郷のTさんのお宅を訪ねたおり、この『闇の奥』の難解さに関してTさんに語ったところ、Tさんから「どうしてもっとわかりやすく語らなかったのか?」とのコメントをいただいた。単刀直入のご質問にたじたじとなった私だが、即座に、イギリスからサーの爵位を受けていたケースメントが、その20年後には国家反逆罪で処刑されたことを話して、コンラッドのイギリスという植民地支配国家に棲む身の保身をひとつの理由として挙げたのであった。しかし、ここ1ヶ月ほど反芻して考えるに、小説家コンラッドの難解なる文体は、『闇の奥』だけに止まることなく、彼の作品群を通じて彼独自のスタイル=特徴でもある。作者が意識的あるいは無意識的に仕組み織りなし潜ませたさまざまな謎解きの複雑さ難しさは、彼の小説を味わう読者にとって知的な深みがあり、また大きな楽しみのひとつともなる。小説家の価値に関しては、以下の小浜さんの説明が役立つように思っている。次回、またTさんとお話しできる折が来るまでに、少しく考えを深めておきたいものだ。 <以下引用>
・・作家の価値は、あくまで小説作品という、一人ひとりの実存を描き出す独自の様式を通して、読者に人間的共感を呼び起こすところにあります。そのことは、作家があまりに自己反省的にならない部分、無意識に蓄えている力の部分に依存しています。政治的、社会的問題、言い換えるなら、一人ひとりの実存を離れたところでの一般的問題に関して、それほど立派な発言をしなくてはならない責任など、作家は負っていないのです。(小浜、『頭はよくならない』p199)
https://quercus-mikasa.com/archives/14084 に記載した記事もご参照ください。240316HH追記終わり。
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