ビル・トッテン 愛国者の流儀:日本人のための「生き方」提言書 PHP研究所 2008年
2015年7月1日 水曜日 雨
昨日今日と時々小雨の降る天気。予報によると明日も雨模様とのこと。明後日の金曜日から種蒔き続行の予定である。今日は久しぶりにゆっくりと朝から書物を開くことができる。このところは、夜せっかく本を開いてもページをめくるまでに居眠りを始めてしまっているという状況であった。こうして雨が降ってくれると晴耕雨読が文字通り実現できる。
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日本が安全保障のためになすべきことは、正直で誠実で相互に利益のある関係を近隣諸国と築くことである。日本一国で核兵器保有国から国を守ることは不可能だ。そして日本への核攻撃をアメリカが防ぐことはできない(アメリカこそが核兵器で日本を攻撃した唯一の国なのだ)。
日本が生き残る唯一のチャンスは平和である。それには北朝鮮、または江戸時代の日本のような鎖国に戻るか、あるいは近隣諸国と正直で誠実な関係を築くために、明治、大正、昭和時代の軍国主義には戻らないことを誓い、実行に移すしかない。
遠い国からの脅威が問題になれば、それは日本だけでなく近隣諸国にとっても同じ脅威である。いずれにしても近隣諸国は互いに協力して相互共働舞台を築くしかない。または、まったく無力か、アメリカの手先としてしか機能していない国連を、強力だが世界平和のための民主的な機関に変える努力をすることもできるだろう。
そして、それを可能にする第一歩は、日本政府がアメリカ追従をやめることなのである。(ビル・トッテン 同書 p134-135)
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食料とエネルギー自給率の低い日本では、経済封鎖によってたちまち壊滅する。日本の安全保障や防衛を真に考えるなら、憲法改正だとか武器輸出原則の見直しを提案する前に、四〇%の食糧自給率、四%のエネルギー自給率(原子力を除く)を上げるという、人命に関わる問題に真剣にまず取り組むべきだ。(同書、p194-195)
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「愛国心」という言葉がたびたび持ち出されるようになってきた。彼らのいう「愛国心」とは、突き詰めて言えば「国のために命を捧げる覚悟を持つ」ことだ。それは、すなわち戦争に直結した好戦的愛国心に他ならない。
だが、考えてみてほしい。国のために戦争で命を捧げることが、本当に愛国心なのだろうか。私はそうは思わない。本当に国を愛するのなら、あらゆる外交的手段を駆使して戦争にならないように対話で問題を解決するべきではないだろうか。なぜなら、戦争になれば、多数の愛する同胞、仲間を傷つけ、死に追いやる結果となることが目に見えているからである。そして、イラク戦争でも明白なように、たとえ武力で敵国を占領したとしても、人心をなびかせることはできない。怨念はさらに増幅し、不毛な武力衝突の連鎖を招くだけである。
皮肉な言い方をするならば、アメリカが武力で敵を制圧し、なおかつ占領政策で懐柔することに成功したのは日本だけである。それ以外−−−ベトナムでも、アフガニスタンでも、イラクでも、アメリカはことごとく失敗している。(同書、p189−190)
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