少年の成長の物語: 四万十川 あつよしの夏
2005年8月13日
前回に続いて、本の紹介。笹山久三さんの「四万十川 あつよしの夏」河出書房新社 昭和63年。主人公の篤義は小学3年生。生まれた順が早い、とあるから、9歳になったばかり。四万十川、津野川地方の自然に囲まれて、成長してゆく少年の物語である。例によって、私は余分なことをできるだけ語らず、本文から何箇所か書き抜いて紹介したい。
<「あの頃は、泣いたら全部いけんようになって、何もかもおしまいんなる思ちょったがじゃなかっつろうか。・・・・・生活が、そうじゃったがじゃけん」 「兄ちゃん、いっぺんも泣いたことないもんね。オラ弱むしじゃけん、いっつも泣きよる」 「あはっ!・・・・・アツ。人前で泣かんがと、いっぺんも泣かんがとはちがうがぞ・・・・・」 和夫は続けて何か言いかけたが、それで黙った。(同書 82ページ)> 和夫は篤義のお兄さんで、実に、兄らしい兄なのだ。篤義に鰻取りやイダ釣りを教える。喧嘩の指南もする。帰ってこれなくなった篤義を迎えにいく。 <「オラァ、クロを護った時のお前が好きぞ」(同書 136ページ)>と、弟を励ます。頼れる兄。
<「この世の中じゃあ、差別も、いじめものうなるこたああるまい・・(中略)・・確かに、何しても無駄みたいに聞こえるろう。けんど、どうかかわるかが大事ながじゃ思うがよ。大人んなっても、自分の中でじっくり考えて正しい思おたらそうすることよ。まちごうちょる思おたら、ちっとばかっし苦しゅうてもぶつかるとこは、ぶつかるがよ。それ繰り返しよるうちに、世の中を支配した考えから自立できるけん。自分がその努力をせにゃあ、周囲は変えられんけん。子育ても、おんなじよ」(同書 132-133ページ)>・・・これは、一家の食卓を囲んで、お父さんの秀男が、妻と子供たちに語りかけたことば。
<「オラ、なせあんなこと言うたかわからんが」
「アツ君。その分からんとこ、そのまんまにしてええがじゃろか?」
「オラ、いけん思う」(同書168ページ)> クラスメイトの千代子が着せられた濡れ衣を巡っての、終業式の前日の殴り合いのケンカの後、担任の吉田先生と篤義の会話。
<ぼくは、あのときただやめろいうたら、ケンカんなる思ったがです。
じぶんがとった言うたら、ケンカせんでもやめてもらえる思ったがです。ケンカするががこわかったです。
そのときぼくは、とうちゃんにこうてきてもろうてもどせばええ思いよりました。
じゃけん、じぶんのせいにしたがです。
こすいかんがえじゃ思います。
けんど先生。ぼくは、どうしても、ちよこたすけたかったがです。
よわむしのかんがえでたすけたけん、あんなことになったがおもいます。(同書173ページ)> 夏休み前半でしっかり考えて、担任の先生に宛てて書いた篤義の手紙。
作者の笹山さんの描写は非常に的確であり、短い文章の中に、精密に描き込まれて、成長してゆく少年少女たちも、家族も動物も、そして春から夏の豊かな自然も、生き生きと生きているのである。
ところで、これは余談であるが、私は18歳の春まで津山(岡山県の北部、美作地方)で育ったので、この「四万十川」の文章の方言が、ほぼ完全にわかるのである。四国の津野川地域の方言は、「伊予なまりと、土佐なまりと、中村の影響か、京都弁と、大分の言葉が、複雑に組み合わされたような独特の言葉文化になっている。(同書 166ページ)」とのこと。つまり、美作や備前の方言とは異なるのであるが、基本構造が同じなため、非常に親しみ深くなつかしく感じることばなのである。
さらに余談であるが、私のコンピュータのお馬鹿なこと。ワープロで漢字仮名混じり文にするのに大いに骨が折れた。唯一の救いは上記の「篤義の手紙」の引用であり、漢字が少ないので、ワープロで漢字変換の必要がなく、本当にスムーズであった。きっと、わたしのワープロでは、「どんぐりと山猫」に出てくる山猫の手紙などは、すごい名文だと(機械は勝手に)思うに違いない。そのうち書き写してみよう。
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