民俗学

古代人と考えた神の顕現とは

2016年12月25日 日曜日 快晴

吉野裕子 吉野裕子全集 第1巻 扇/祭りの原理 人文書院 2007年(オリジナルは、扇の初刊が1970年、祭りの原理が1972年)

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彼ら(古代人)にとって自分たちをとりまく現象は自然も人も一切が一つの原理によって動いているように思われた。一つの世界から他の世界に新しく生まれ出るためには、
・異質の二つのものの合体
・暗く緊(し)めつけられるような狭いところ
・ある期間のこもり
が必須の条件となる。 
 神もまた当然そのようにしてこの世に顕現されるであろう。そうして彼らはその類推にしたがって神迎えをしたのである。(吉野、扇、同書、p102)

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巨岩や森かげから出土する銅鐸は神のみあれを告げるものではなかったか。岩や森かげまた丘の傾斜地は神のみあれに関係のふかいところである。そこには御嶽(うたき)があったのだ。(吉野、扇、同書、p103)

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神を降誕させること、つまり、まつりは巫女の身心の奮闘によってなしとげられる。人の生誕は「性」にふかく関係する。それを擬(もど)くのだから当然秘儀となろう。(吉野、同書、p107)

精進潔斎という言葉には、祓いきよめと忌みこもりの二つの意味があり、忌みこもりというのはおそらく母の体内にいる子が二七五日間、暗くせまいところにじっとして飲まず食わず耐える、そのもどきを意味すると思う。・・それは胎内の生活の類推からであろう。忌み籠(こも)りというのは普通の清潔の観念とは相反する場合がむしろ多い。・・・新生は母の胎内にこもることを前提とする。その胎内にひっそりこもることを擬(もど)くことは神顕現の手段となり、また物事のやり直しの手段ともなった。(吉野、同書、p108)

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