culture & history

万葉挽歌のこころ 夢と死の古代学 

2020年1月22日 水曜日 晴れ

上野誠 万葉挽歌のこころ 夢と死の古代学 角川選書 平成24年(2012年)

死者は語りの中で蘇る

 思い出を語ることは、死者への最大の手向けであり、供養であると私は思っている。私は、死者への儀礼のなかで、もっとも大切な儀礼は、死者について参集者が語り合うことだと考えている。葬儀や年忌、お盆、墓参りのたびに、死者について語り合うことこそ、もっとも大切な死者に対する供養であり、魂鎮めではないのか。つまり、死者は語りの中に蘇り、ふたたび生きている人びとの心の中に深く刻まれるのである。・・石川夫人が、生前の天皇が催した狩りを想起し、それを歌にすることは、一つの亡き天皇への手向けないし供養とみなくてはならないのである。そして、その内容はといえば、夫を失った心の穴、すなわち喪失感を歌うものであった。 ・・一方で、それは挽歌を歌う者の戦略でもあったはずだ。・・この共有されている記憶を呼び起こすことによって、多くの人びとの共感が得られるのである。(上野、同書、p250)

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 ・・私は、こういった女たちの競い合う環境から生まれたのが、天智天皇挽歌群だったと考える。こうしてみると、天智天皇挽歌群は、後代の後宮文学の始発にあたる文学として読み解くべき歌群なのかもしれない。(上野、同書、p308)

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儀礼と歌との関係

・・たしかに、葬儀を行うことも挽歌を歌い公表することも、死者を悼むということでは同じだろう。けれども、その志向するところはまったく違う、と私は思う。歌を公にするということは、あくまでも個々人の情感を生者に伝えるものである(挽歌は、死者を意識しつつも、生者に伝えるものだ)。対して、葬儀を行うことは、生き残った生者と死者との関係を集団や共同体の中で再構築することにある。だから、集団や共同体を維持するためには、葬送儀礼が必要なのだ。・・挽歌とは、そういう儀礼によっては掬いあげることのできない、一回生起的な個々人の思いや情感を生者に対して伝えようとする歌々なのである。つまり、挽歌とは最初から、集団性や共同性、伝承性に反発し、それを打ち破ろうとする文学なのだ、と思う。そうでなくては「人はよし 思ひ止むとも 玉かづら 影に見えつつ 忘らえぬかも」(巻二の一四九)とは、歌わないのではないかーーー。(上野、同書、p309-310)

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