culture & history

歌舞芸能の起源は、古代の巫術や巫俗に発している

白川静 中国古代の文化 講談社学術文庫 1979年

芸能的なものの起源は、多くは古代の巫術や巫俗に発している。それは朝鮮やわが国の古代ではとくに著しいことであるが、古代の東アジア一般に共通するものであった。中国の歌謡や舞楽の起源も、おおむね巫祝の社会にそれを求めることができる。(白川、文化、p184)

中国では早くこのような巫俗は失われ、礼楽として制度化されていったようである。(同書、p187) ・・・古代の巫術に起源する祭祀は、このようにしだいにその本来の民俗的な性質を失い、またその形式を改めてゆくのである。(p196)

歌は神に祈るとき、謡は心の呪詛を託するものとして、歌われたのである。(同書、p192)

舞はもと巫女の行う雨請いの舞であり、楽はシャーマンが行う医療の方法である。字形の示すところは、そのまま文字以前の舞楽のあり方を示している。(同書、p192)

楽が鈴の象形字であることからいえば、楽の本来の目的は、神にはたらきかけるためのものであったことが知られよう。神楽(かぐら)は神を楽しませるためのものであり、神の楽しむさまが神遊びである。遊戯もまた、もと神事に発するものであった。(同書、p198)

孔子が「・・・(中略)・・・藝に遊ぶ」(論語述而篇)というとき、それは仁をも超えたものとされている。・・・(中略)・・・おそらく人は、もっとも至純な状態、神に近い状態にあるとき、はじめて「藝に遊ぶ」ということができるのであろう。それは「遊」が、本来は神のありかたをいう語であったからである。(同書、p199)

戦争と遊戯とは、あまりにもかけはなれたものと思われるかもしれないが、遊とはその氏族神を擁して、外に行動することであった。また戯も、虎形のものが腰かけている後から、戈(ほこ)を加えてこれを伐つ形で、もと軍舞・軍戯を意味する字であったようである。・・・(中略)・・・それで力をもって敵にいどむのを戯といった。・・・(中略)・・・「戯れん」というのは戦争の開始、挑戦を通告する語である。(同書、p204-205) いずれにしても遊ぶという行為は、日常的なものではなかったのである。(同書、p207)

遊部(あそびべ)の本来の職掌は、鎮魂の儀礼であったように思われる(同書、p208)

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