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古代の詩歌の時代:詩篇における「興」とよばれる自然へのよびかけの発想法、ことだま的な修辞法

2016年1月10日 日曜日

白川静 中国の古代文学(一)神話から楚辞へ 中央公論社 1976年

・・・おそらく古代的氏族制が、その最後の段階として貴族的階層社会に移行するにあたって、その階層的重圧のもとに崩壊する古い氏族社会の解体のなかから、このような古代の詩歌の時代が生まれたのであろう。その破壊者が他からの侵入者であり、戦争と殺戮を好む英雄たちである場合には、その英雄たちをたたえる叙事詩が生まれたかも知れない。その特殊な、しかも決定的な歴史社会のありかたが、英雄時代の有無を定めることになろう。(白川、同書、p19)

古代歌謡の成立の基盤は、古代氏族の階層化と、そのために促進された古い氏族秩序の崩壊のうちにあったとみられる。ことに東方の地域で進行した古代的封建制のもとで、古い氏族的秩序に代わって、領主的、土地所有者的支配が強められるにつれて、古代的な共同体的な生活が破壊されてゆく。かれらはそのとき、はじめてみずからのおかれた地位の変化におどろき、その運命へのおそれを抱く。そこに古代歌謡の世界が生まれるのである。・・・その発想基盤には、古い共同体時代の自然観、神話を生み出した時代の観念がそのまま継承されている。詩篇における「興(きょう)」とよばれる自然へのよびかけの発想法、ことだま的な修辞法がそれであるが、そのような発想や表現は、わが国の「万葉集」においても著しい特質をなしている。(白川、同書、p26)

楚辞文学の悲歌性は、むしろ当時における古い伝承の保持者であり、その伝承の神聖性を担うものへの社会的不承認に対する、巫祝者の宗教的感情から発している。楚辞文学の本質が、その祭祀歌謡の様式による呪誦(じゅしょう)の文学から出ているということの理解がなくては、その文学の性格を把握することは不可能であるように思われる。楚辞文学が決別しようとしているものは、・・・かれらの存在性を支えていた古代的な宗教世界そのものである。(白川、同書、p31)

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補注:
誦呪 しょうじゅ
呪誦 じゅしょう
じゅ‐じゅ【×誦呪】 仏事で陀羅尼 (だらに) などを唱えること。
誦 ショウ ジュ となえる うた (白川、字通、p812)

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