中島義道 悪について

道徳法則に対する尊敬が幸福追求を条件付ける

真実=誠実と幸福との一致という最高善: 道徳法則に対する尊敬と幸福追求とが一致している状態

根本悪のもとにあるからこそ、私は道徳的でありえる

中島義道 悪について 岩波新書 2005年

「最高善」とは道徳法則に対する尊敬と幸福追求とが一致している状態を意味する。しかも、その状態は、道徳法則に対する尊敬が幸福追求を条件付ける、という本来の秩序が実現されていることである。しかし、これは理念(理想)であって、誰もこの通り実現することはできない。(同書、p205)

プランテラ(*脚注参照)は自暴自棄になり医者という職業を捨てて戦線に赴く。だが、死ぬこともできずに、帰ってきて、郷里の小さな教会で「なぜと尋ねてはならない」という妻の言葉を思い出す。
だが、むしろカントが提案していることは「なぜ?」と問いつづけることなのだ。ヨブのように声が嗄れるまで問いつづけることである。彼はたぶん報われないであろう。しかし、一つの「知」が与えられる。それは、自分のなしたことは道徳的に善くなかったということである。そして、道徳的に善くありたかったということである。しかも、幸せになりたかったということ、妻を幸せにしたかったということである。(同書、p206-7)

プランテラは、この過酷な運命に遭遇して、真実=誠実と幸福との一致という最高善を必死な思いで求めつづけ、しかもそれが現実にできなかったことに全身打ち砕かれたのである。・・・(中略)・・・彼にとって、闇はますます濃くなった。彼はますますわからなくなった。彼は、ただ叫び出すように、このすべてに対して、「なぜだ?」と問うのである。 われわれは、こういうかたちでしか最高善を求めることはできないように思う。(同書、p207)

根本悪のもとにあるからこそ、われわれは道徳的でありえるのだ。根本悪の絶大な引力を知っているからこそ、われわれは最高善を求めるのだ。われわれには絶対的に「正しい」解答が与えられないと知っているからこそ、それを求めつづけるのである。(同書、p208)

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脚注* F. Walter Caviezel, Frag’ Nicht Warum! ein Arztroman der Gegenwart, Waldstatt Verlag, 1952. プランテラはカヴィーツェルの小説の主人公の医師。

脚注の脚注: von Franz Walter Caviezel, Frag’ nicht warum! Ein Arztroman um einen Schwangerschaftsabbruch. Waldstatt Verlag, 1950 調べてみたところ、ドイツのアマゾンのサイトでは現在、古本のみ、新本は売られていない。絶版かどうかは不明。白水社の訳本「何故と問うなかれ」(1955年)は絶版で、古本も手に入れるのは難しそう。大学の図書館などで借りるしかなさそうだ。

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