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田中宇 vs MMT: MMTは「トンデモ理論」の一つ?

2019年10月31日 木曜日 曇り

田中宇 人類の暗い未来への諸対策 2019年10月28日付け 田中宇の国際ニュース解説・メインページへ

 http://tanakanews.com/191028ubimmt.htm

一つは、さいきん流行っている「経済理論」(のふりをした詐欺)である「MMT」だ。これは「政府が国債を発行しすぎると超インフレが起きて財政破綻するという従来の考えは間違いだ。政府はいくら財政赤字を増やしても破綻しない。だから政府は無限に国債を発行して良い」という「財政赤字ノススメ」みたいな説である。このMMTをUBIとつなげると「政府が財政赤字(国債発行)を急増させて巨額資金を作り、それをUBIで国民にばらまき、消費を下支えして経済発展を維持するのがよい」という主張になる。 (MMT – Not Modern, Not About Money, & Not Really Much Of A Theory

これから世界的に国債の金利がゼロやマイナスになっていきそうだが、その状態が何年(何十年)も続けられるなら、MMTは政府にとって魅力的な政策になる。国債金利がゼロ以下なら、政府が無限に国債を発行しても利払いはゼロだからだ。これはすでに日本で実践されている。 (Hedge Fund CIO: “In The Next Recession Rates Will Quickly Fall 100bps. Then Go To Zero. Then We Do MMT”) (世界中がゼロ金利に

だが、私から見るとMMTは「トンデモ理論」の一つだ。財政赤字(国債発行)を増やし続けると、やがて国債(など債券)に対する信用が失墜するバブル崩壊が起こり、ゼロだったはずの金利が高騰するか、もしくは債券の買い手がつかなくなる。米日など先進諸国はすでに国債など債券を発行しすぎており、MMTをやらなくても「隠れ金融危機」が起きている。MMTの理論を信じて国債の巨額発行を開始すると、数年内に債券危機が顕在化して金融システムが破綻する。すでに起きている金融危機をうまいこと隠し続けられれば、MMTをやっても10年ぐらい持たせることはできるかもしれない。だがどちらにせよ、MMTは財政破綻にしかつながらず、UBIの恒久的な財源になれない。 (Could Modern Monetary Theory (MMT) Actually Save Us?

以上、http://tanakanews.com/191028ubimmt.htm より引用。

補註 UBI: Universal basic income の略。

補註 MMT: modern monetary theory の略。

補註 MMTについては、私も勉強し始めたばかりで、よくわかっていない。ただ、MMTは国や政府に重きを置きすぎているように感じられるところが心配である。今現在でも国や政府が国民の経済活動(一人一人の生産活動の総和)を十分効果的に応援できている状況ではなく、その上に今月からの消費税増税なども加わり、30年来のデフレ傾向からの脱却はままならない。その(デフレからの脱却の)対策として、たとえばMMTを国が採用したとして、人々がこの思想に共鳴して、自分の頭で考えて、国の目指すような方向へと(総体的に見れば一丸となって)生産活動に参加してくれるだろうか? それは現状では恐らく難しいのではないか。どこかでは国への「信用が失墜する」可能性が否定できない。 このMMTのような発想の大転換を提案する場合にはマスコミと人々との関係が極めて重要な役割を果たすことが想定されるが、この関係が今では信頼崩壊状況であり、既存のものを立て直すのが難しい。としたら、まずはこの辺りのところ(つまり、国民の基盤情報共有システムともいうべきもの)から新しい関係・方法を構築していくことが大切な前提となろう。すなわち、大きな経済政策の変革を論ずるよりも、まず先立つべきは人々の情報共有基盤の構築なのだ。すでに今まで「自分の頭で考える力を養う教育」などと表現されてきたが、うまくいっているわけではないし、簡単でもない。いわゆる「教育」はややもすると全体主義への傾向を帯びるのだから、そうならないように常に戒めていなければならない。やはり、「自分の頭で考える力を養う」というところに帰結する。では具体的にどのように進めればよいのか、先の見えにくい大きな課題である。

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補註 以下は私の2010年4月29日付けWEBページ「教育の核心:民主主義を育てる」から引用:

この時、各人に、広い視点からの、偏らない、十分な情報が平等に与えられることが必須である。この部分が大切であり、古来うまくできてこなかった。権威に寄り掛かることは、自分の意見を形成する上でも、極めて危険である。大学などの高等教育で誤ったことがあたかも正しいかのように教えられることが多いことを各人が銘記すべきである。マスコミがプロパガンダの発信器になっていることも多い。インターネットの普及によってかなり楽になってきたとはいえ、多くの情況で、情報源の偏り・正確な情報の偏在などが、問題の本質をみえなくさせている原因である。(2014年4月29日付け該当ページも参照下さい。)

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補註 何よりも大切なことは、国民ないし地域住民の一人一人ができるだけバランスのとれた精確な情報を「知る」ことだ。その知識を土台として、話し合い、最後には個々人が独立した判断をしてゆかねばならない。知識の土台すなわち<知る>ことがなければ、独断にせよ付和雷同にせよ、大変危うい道を歩くことになる。(子曰、学而不思則罔、思而不学則殆)https://quercus-mikasa.com/archives/1806

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