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KGB/MI6・冷戦の二重スパイ Oleg Gordievsky

2023年2月26日 日曜日 雪

ベン・マッキンタイアー 小林朋則訳 KGBの男 冷戦史上最大の二重スパイ 中央公論社 2020年(原著は、Ben Macintyre, The spy and the traitor: the greatest espionage story of the cold war, 2018)

 ・・レイラ(=ゴルジエフスキーの妻)は、もしも真実を告げられたら、彼と縁を切るだろうか? 脱出計画について話し、一緒に来てほしいと頼んだら、拒否するだろうか? それとも告発するだろうか? ゴルジエフスキー(Oleg Gordievsky)は、妻の愛情が共産主義への信念よりも強いのか、あるいはその逆なのか、分からなくなっていた。それほどまでにイデオロギーと政治は人間の本性をゆがめてしまっていたのである。(同訳書、p355)

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 ・・彼は諦めと希望の間を揺れ動き、自分が成し遂げたことを誇りに思う一方、個人として払った犠牲に絶望した。サッチャーに宛てた手紙では、次のように記している。「妻と子供たちと早く再会できることを祈っていましたが、今では断固たる行動を取るべき理由を完全に受け入れ、理解しています。(中略)しかし、私の家族を確実に解放する方法が何か見つかるのではないかと望み続けずにはいられません。家族がいなければ生きていても意味がないからです」。  サッチャーは、こう返信した。「ご家族について、私たちは今も気にかけており、今後も決して忘れることはありません。(中略)どうか、生きていても意味がないなどとは言わないでください。いつでも希望はあるものです」。(同訳書、p453)

 ・・レイラは、自分の身に起きた出来事を忘れることも、乗り越えることもできなかった。ふたりは家族としてやり直そうとしたが、脱出前に存在した夫婦の絆は遠い過去の別世界のものであり、元に戻すことなど望むべくもなかった。最終的に彼女は、ゴルジエフスキーは信念を守ろうとする気持ちが彼女への愛より勝っていたのだと思った。「人と国家の関係と、愛し合うふたりの関係は、まったく別なものです」と、彼女は何年も後に語っている。・・・(中略)・・・ふたりの結婚生活は、冷戦の諜報活動が抱える厳しい矛盾の中で生まれ、冷戦が終わろうとするのと同時に死んだ。・・・(中略)・・・MI6は、一家の面倒を見るという義務を今も果たし続けている。(同訳書、p464)

7/21/1987 President Reagan Meeting with KGB Defector Oleg Gordievsky in the Oval Office ウィキメディアコモンズから引用。

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補註: 一九七〇年代から八十五年ぐらいまでの、東西冷戦の只中での、マイクロな視点に立った、ノンフィクション的な歴史の叙述。主人公はKGBの男、二重スパイのゴルジエフスキー、副主人公は彼を巡る同僚や家族、MI6やCIAの人々。この本の描く世界を、その時々の政治的状況の中で、先が見えないながらも懸命に生きている人びとの姿を垣間見るような形で読む事ができて、(私にとっては)感動的である。

この本は、フレミングの007的スパイの世界を描いた、かなり詳細にわたる(474ページ!)ノンフィクションではあるものの、山本周五郎の戦国時代の戦いに臨む武士のお話(フィクション)を読むときのような感激がある。「こうして、私たちのご先祖が懸命に生きてきたこと・・その流れの下流に(つまりご先祖たち・私たちの父祖たちが、懸命に生きてきてくれたおかげで)私たちの今がある」・・そう思うと、フィクションであろうがノンフクションであろうが、私は非常に心を動かされるのである。

林千勝さんの「世界は一つ、マネー主義」の構造模式図。

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一方で、今を生きる私たちは、長い視点で歴史を理解することも忘れてはならない。

馬渕睦夫大使が述べられているように、「東西冷戦」という構造は、八百長的に作られたものであることを、今を生きる私たちは理解している。すなわち、マネー主義経済の「世界は一つ(グローバリズム)」相互依存のベースに共通に立ちながら、一九一七年のロシア革命以来の共産主義ソ連といわゆる自由主義西側欧米との対立=八百長的冷戦対立構造が意図的に育てられ・維持醸成されてきたこと、冷戦(=ソ連)崩壊後のこの三十年間をも含め、対立軸の主役は中共などに軸が変遷してきたとはいえ、政治・軍事の対立がことさら目立って世界の支配構造が分かりにくくされ続けていることを理解しなければならない。

その一方で、この補註の冒頭にも述べたように、その時代時代を懸命に生きている人びとの信念や、喜び悲しみ、葛藤など、真摯にわが身になって受け止める心が大切なのである。歴史に対して、「文学」が扱うジャンルに属するのかもしれない。

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