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長い坂・・勾配の急な坂道へ足を踏み入れたのだ。この坂は嶮しく、そして長い。

2023年3月27日 月曜日 曇り

山本周五郎 ながい坂(上・下)新潮文庫 昭和46年(オリジナルは新潮社から昭和41年)

・・おれは尚功館へあがったときから、勾配の急な坂道へ足を踏み入れたのだ。この坂は嶮しく、そして長い。ああいう女たちと遊んで気分を転換したり、そこから改めて立ち直ったりする余裕はないのだ、と主水正は思った。(同書上、p329)

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 ・・「実際の役にたつ、誰かがしなければならねえこと」と大造は独り言のように云った、「ーーこう云うと青っ臭え、子供じみたことのように聞こえるかもしれねえが、おらあこの世は、それでもってるんだと思うぜ」(山本、同書上、p411)

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 ・・それはみずから求めた道だった。自分の選んだ道が、現在のこのおれの立場を招いたのだ。

 ーー開墾の仕事は辛くて困難だ、と主水正はなお思った。けれどもおれには初めての経験だ、尚功館へ入学して以来、他の人たちとは違ういろいろな、新しい経験をしてきたが、いま思い返してみて、これがむだだということは一つもなかった、こんどの仕事も徒労である筈はない、一坪の笹原を切り拓くことだけでも、十分に意義のある仕事だ。

 主水正は眼がさめたような、新鮮な気持ちで、自分がしっかりと新畠に立ち向かうのを感じた。(山本、同書下巻、p103-104)

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 主水正は自分が立ち直ったことに気づいた。それはあの「坊」へ案内され、いつどこから襲いかかられるか、おそらくここで死ぬだろうと思ったときであった。長いあいだ彼をとらえていた虚脱感や、人間のなすことの無意味さ、そのまま消えてしまいたいような、生きていることの無意味さに、骨まで萎えるようであった。それが「坊」へ導かれ、暗殺されるなと思ったとき、そして大書院で独りになったとき、彼は強い自己保存本能を感じて緊張した。はっきりそうだとはいえないが、そのとき人間否定や虚脱感が、洗われたように、さっぱりと主水正からぬぐい去られたようであった。・・おれが勝った、という確信を主水正に与えたのだ。(山本、同書下巻p225-226)

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 独りだからこそ、男には仕事ができる」と主水正は声に出して呟いた、「特にいまのおれは、恩愛にも友情にもとらわれてはならない、男にもほかの生き方はある、男としての人間らしい生き方は数かぎりなくあるだろうが、おれだけはそうあってはならない、おれには男として人間らしい生き方をするまえに、侍としてはたすべき責任、飛騨守の殿がそう思い立たれたように、侍としてなすべきことをしなければならない、そしてこれは、おれ自身の選んだ道だ。(山本、同書下巻、p120)

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