免疫沈降を巡る今昔物語

2004年9月17日

私が癌研の鶴尾隆先生のお部屋に初めて伺ったのは1983年の12月14日。先輩の渡邉俊樹先生のご紹介である。以来、2000年の3月24日まで16年余、癌研での研究生活を送ることとなった。

私にとって、研究の第一歩は、抗癌剤耐性を克服するモノクローン抗体のスクリーニングである。「星の時間」と言えるのは、免疫沈降法(以下、IP)によって抗原決定に成功した瞬間だろう。1985年3月から始めたIP。やっと成功したのは6ヶ月後、9月半ばのことである。その間、大学を退職し医局も離れて、無給なのにアルバイトもせず、生活の全部を打ち込んだ。

学んだこと:自分の手で実験し、失敗し、失敗の原因がなぜか考えて、工夫してやってみて、やはり失敗し、失敗の原因がなぜか考えて、さらに工夫してやってみて、やはり失敗し、、、失敗の連続、、、決してくじけず、、、いや、ほとんどくじけそうになりながらも、、、そして最終的に成功する(に違いないと思って続ける)。これが、研究だ。

20年後、今では、眼の調節の問題から、細かい実験操作は難しくなってしまった。しかし、自分の手を動かす個々の実験が医学研究の根本。若い研究者と一緒に、96ウェルアッセイの生データを見ながら何かをつかむこと、予想が当たったかどうか自分の目で顕微鏡をのぞいて確かめること、そこに科学することのおもしろさを見つけたい。だから(?)昔話を語るのではなく、今を現役で生きることが大切。

そこで、今回は、IPの技術に関して、20年前と今とで、何が変わって何が変わらないか私見を述べてみたい。ただし、IPと一口に言っても、抗原が多岐にわたり実験目的が雑多であれば、ここで論じ尽くせない。20年前に対象となり、今も私のメインプロジェクトである、生きている動物細胞・生体組織の膜表面に結合する新規モノクローン抗体に関して、未知の標的タンパク抗原を同定しようとする場合に限定する。

個々の抗体と膜表面抗原のペアによっては、IPの難しいものが多い。膜タンパクをネイティブな構造のままで可溶化するのが難しく、可溶化によってエピトープの構造が変化し、抗体と抗原がくっつかなくなってしまう。何の工夫も必要なく、最初のトライアルでIPに成功することもある。しかし、どうしても抗原を決められない難しいものもある。予測不能。気まぐれとも言える難しさだ。

1.ウェスタンブロット(WB)法vs免疫沈降(IP)法。

WBが本領発揮するのは、SDSによる変性と電気泳動(SDS-PAGE)で、短時間で抗原の分子量を決定できる場合である。複合体の中のサブユニットを認識する抗体の場合には、IP法では抗原のみならず複数の結合タンパクが落ちてくるが、WB法では抗原分子を選別できる。

一方、WBはSDSで抗原を変性させる操作を伴うため、WBによる検出が不可能な抗体も多い。特に、標的の機能修飾ができる「機能性抗体」は、標的タンパクの高次構造を認識する場合が多く、多くはWB不能である。WB不能の抗体に関しては、特に粘ることなく、IPを工夫してゆくのが得策と考える。

2.タンパクないし細胞のラベル法、検出法。20年前、カーボン14ロイシンでメタボリックラベルした。オートラジオグラフィーを3日目で開け、抗原バンドが得られない場合は、一週間から10日のエクスポージャーで何とか抗原バンドが見えないかと粘った。20年前、IPの繰り返しで6ヶ月の時間を要した。この多くの部分は、オートラののエクスポージャー待ち時間である。待っている間は、(万が一)失敗していたら次はここを改良してみよう、という実験プロトコールの考案に当てた。現在の実験のテンポと比較すれば、ずいぶんのんびりしたスケジュールである。が、失敗が重なると先が真っ暗で焦燥感がつのる。失敗していても次にトライする改良実験を思いつくのが困難である。

蛍光イメージアナライザーが癌研の研究所に導入されたのが、それから数年後のことである。実験のペースは大きく加速した。この時代の流れの中で、カーボン14によるラベルは余りにもペースが遅く、今では免疫沈降の場面で用いられることは稀である。また、現在では、ラジオアイソトープを使う実験自体、非常に少なくなった。現在、私たちはリジンのイプシロンのアミンをビオチンラベルする方法を汎用している。生きた細胞の表面タンパクのリジン残基を極めて簡単にラベルすることができる。ビオチン化によってもエピトープ認識が維持されていることを、FACSなどで確認したうえでIPに取りかかる。

3.膜の可溶化法。20年前、最初に使った可溶化剤がNP40。NP40は、教科書には最もマイルドな可溶化剤と書かれていたので、ファーストチョイスで用いた。が、これがつまずきの始まりであった。ずっと後になって、さまざまの可溶化剤を系統的に調べてみたところ、私が追い求めていたことになる膜12回貫通のP糖タンパクと私の抗体の組み合わせでは、CHAPS、デオキシコレート(DOC)、コレートではIP可能、NP40、nオクチルグルコシドなどではIPできないことが明らかとなった。ABCトランスポーターのATPase活性を可溶化剤ごとに検討したところ、CHAPSではATPase活性が得られたのに対して、DOCでは全く活性が認められなかった。現在の私たちの方針:まず、TritonX100など、代表的な可溶化剤でIPをトライ。これで抗原バンドが得られない場合は、第2段として、先入観無く、各種可溶化剤を(できるだけ多く)トライ。それでも難しい場合には、第3ラインとして、以下の化学架橋を試みる。

4.化学架橋による抗原と抗体の共有結合を利用する免疫沈降。20年前、13回目のIPで、架橋化剤DSPを使用。あらかじめ抗体を細胞に結合させたあと、架橋剤を加えて抗原と抗体を共有結合で結びつける。そのあと、可溶化。この方法では、どんな可溶化剤でも抗原同定可能なので、一種類の可溶化剤を用いる。DSPによって抗体と抗原がリンクされているので、(もともとのエピトープと抗体の結合がはずれてしまうが)IP法によって抗原の分子量を同定することができた。これが、私の最初のIP実験成功。

どんな場合でも架橋は成功するのか? 先日、ピアス社から売り出されている架橋化剤のリストを調べてみた。システインのSH基を利用するもの、糖鎖のCHOを使うものなど、若干数あるが、大多数はリジンのイプシロンのアミンを利用するものだ。従って、基本的には抗体のリジンと抗原のリジンを架橋できるかどうかが、この方法の汎用性を決める。架橋化剤のアームの長さは10オングストローム程度で、選択可能である。残念ながら、アームの長さを変えてさまざまトライした経験はない。

IPに関連して、語りたい話題は多い。プロテインA、プロテインG、プロテインL、どれを使って抗体抗原コンプレックスを落とそうか? 得意としている遺伝子操作によるIgMからIgGへのサブクラスの変換。抗原の同定法としての、ペプチドシークエンサー、質量分析。発現ライブラリーの抗体反応スクリーニングによるcDNAクローニング。抗原が既知のものとわかった場合、どこまで粘るか? 特許出願は? そして、目指すは、抗体の臨床応用。今の自分を眺めてみると、何度トライしても成功しないIP実験で、バンドが現れないオートラのフィルムを洗いながら、赤いぼっとした光のともる暗室の中で一人っきりで沈み込んでいた20年前の自分と、基本的にほとんど同じ研究者を見いだす。20年前に癌研で始めた仕事を今も続けている。次のIPは成功させるぞと、唇を噛みながら。

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以上、2004年9月17日付けのWEBページより再掲
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