殷周 春秋戦国 都市国家から中華へ

2018年6月6日 水曜日 晴れ
平㔟 隆郎 中国の歴史02 都市国家から中華へ 殷周 春秋戦国 講談社 2005年

・・この明代以後の理解をもって、諸子を語り、戦国時代に遡っても、各国における諸子の活動や、その後の衰亡はうまく説明できない。「棲み分け」があるから、さまざまな議論が共存しえたのであり、後には、「棲み分け」ではなく、総合的議論が要請されるようになったから、多くの議論は衰えたのである。
 「棲み分け」とはあまり関係なしに衰えたものもある。それは、論じる対象が、都市なのか、領域国家なのか、天下なのかに関わる。都市に関するものは、領域国家の時代である諸子の議論としてもすでに衰えている。その領域国家にからむ議論も、天下を語る統一帝国の時代には衰えた。
 諸子の思想の多くは、帝国秩序が確立する過程で次第に衰え、儒家と道家が生き残ることとなった。(平㔟 隆郎、同書、p310)
 
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ウィキペディアによると・・・
平勢 隆郎(平㔟 隆郎、ひらせ たかお、1954年 – )は、中国史家東京大学東洋文化研究所教授。本来は勢の字の左上部分が生(㔟)で、隆の字の夂と生の間に一が入る。茨城県出身。
主として古代史の分野について研究を進め、独自の説を提出している。『史記』に於ける同一人物の複数化・年代的な誤りなどを指摘し、独自に再建した編年を提出している。また『春秋』『春秋左氏伝』などの経書や『史記』『漢書』『日本書紀』などの史書暗号が隠されていると主張している。
学説の特徴
平勢の学説には、大きく分けて二つの特徴がある。
  • 『史記』は、立年称元(前君主が死去した年を新君主の元年とする制度)を踰年称元(前君主死去の翌年を新君主の元年とする制度)と誤解して編年し、そこから生じる「矛盾」を処理するため、元資料に恣意的な改竄を施している。
  • 『史記』に含まれる年代矛盾は、記事全体の三分の一にも及んでおり、そのままで先秦史の研究をおこなうことはできない。
  • 平勢独自の解釈によって、これらの矛盾はすべて解決し、本来の編年を復元できたとする。 
  • 上記の編年復元作業によって、踰年称元の制度は戦国中期のにはじまることが判明したとする。
  • 踰年称元を採用する経典『春秋』は、したがって戦国中期の田斉国によって作成された。これは田斉の正統性を孔子が暗示した予言書だとして田斉自身によって偽作されたものであるとする。
  • 田斉による『春秋』偽作に対抗して、韓国が『春秋左氏伝』を、中山国が『春秋穀梁伝』を偽作し、自国の正統性を主張したとする。
  • 現在のところ、平勢が考える経伝の諸国への配当(その経伝が正統を暗示している戦国国家)は、以下の通り。
・・・(中略)・・・
参考文献:
Pro:

Contra:

 
<以上、ウィキペディアより抜粋・引用終わり>
 
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補註 本書はいわゆる一般書であるが、扱っている内容はずいぶんと議論が多く、必ずしも平㔟氏の説が定説となってはいないようである。白川さんや加地さんの著作にすこしずつ親しんでいる私にとっては、大変勉強になったが、一方で相変わらず今だわからないことだらけである。
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