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小浜逸郎『ざわめきとささやきーー2018年ふたりの秋−−』その3

2023年2月3日 金曜日 晴れや曇り時々雪(北海道の冬らしい天気)

小浜逸郎『ざわめきとささやきーー2018年ふたりの秋−−』その3

118話・最終回より<以下引用>

https://novel.daysneo.com/works/episode/f67e08d699c6292e0e303327aed37b06.html

 こんなふうに思い起こしていること自体が、まだしこりが完全には取れていない証拠だろう。いや、一度心に残ったしこりは、一生取れないに違いない。それはちょうど返すことのできなくなってしまった借金のようなものだ。

 人は人と出会い、そして別れていく。ある人々のことは永久に忘れてしまう。でも別の人々のことはいつまでも覚えている。いい付き合いができた人のことは、そういうものとして記憶に宿る。でも覚えているのは、そういう人ばかりではない。

 かえって、もう一度会おうと思っていたのに亡くなってしまった人、立ち去ったので、心の借金を返せなくなってしまった人、しこりが残っていてももう取り返しがつかなくなってしまった人、そういう人々のこともわたしたちは記憶に宿す。

 たぶん私たちの生活には、そういうことがよく見えないままに絶えずあるので、人は人を求めることをやめないのだと思う。そこにあるのは、ただ懐かしさとか恋しさとかいうような感情だけではない。むしろ人と人とを新しく結び直す道を差し出してくれるきっかけみたいなものだろう……。 <以上、引用終わり>

https://novel.daysneo.com/works/episode/f67e08d699c6292e0e303327aed37b06.html

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補註: 小説家としての小浜逸郎も・・とても素敵です。

補註: ところで、小浜さんの「人生のちょっとした難問」は、いわゆる人生相談の本ですが、味があります。この手の本の著者が得てして陥りがちの独り善がりや浅さ軽さというものがありません。よく深く考えられていて、しかも極めて簡潔に書かれています。

 私自身は、ひとに本を薦めるのは余り好きではありません。主に理系の学生を教えてきた経験からかもしれませんが、ひとに本を薦めると、大概、学生たちは伏し目がちになって「本はにがて」というような、辛そうな顔をして黙ってしまうからです。夏休み明けに、あの本読んだ?・・と聞いても、ニコッと微笑まれてお仕舞いになるので・・もう余りそんな野暮なことは聞かないようにしてきました。

 あともうひとつ、ひとに面白い本を貸すと、大概十中八九は返ってきません。私がそれほど大事にしているとは言えない本でも、返ってこないと少し残念な気持ちになります。なので、このところはひとに本を薦めたり貸したりはしないことの方が多いのです。

 ・・そういう私が考えるに、ひとに本をプレゼントするなら、この「人生のちょっとした難問」を何冊か余分に買って持っておいて、適切な機会にひとにプレゼントするとよいのではないか・・と思っているのです。簡潔に深い考えが語られていて、いわゆる「読書をほとんどしない普通の人」にも該当部分を読んで役立ててもらえるのではないか、と感じるからです。あわよくば、これから入って、その人が小浜さんの多くの著書に親しむきっかけになれば、私にとっては望外の喜びになります。特に小浜さんの「倫理の起源」や「日本語は哲学する言語である」などへと読み進んでいただければと思っているのです。

小浜逸郎 人生のちょっとした難問 洋泉社 2005年

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